NISAで一躍有名になった投資信託「オルカン」(正式名称:「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」)が、純資産総額12兆7000億円を突破し、国内投資信託の首位に立ったと報じられています。同シリーズの「S&P500ファンド」を合わせると、両者だけで純資産25兆円規模。国内約5900本の投資信託の合計純資産の約8%を、この2本だけで占めていることになります。
面白いのは、これらのインデックスファンドは商品としては模倣が容易であるにもかかわらず、シェアを守り続けている点です。生みの親である代田秀雄氏へのインタビュー記事を読み、その背景に「金融商品としては珍しい、緻密なブランド戦略」があると感じました。
※参考記事:「純資産12兆円! NISAで大人気の「オルカン」生みの親が明かす、ほったらかしで億り人になる極意」
https://friday.kodansha.co.jp/article/478081
商標を扱う立場から、そこに見える論点を整理してみます。
金融商品にブランドを持ち込んだ発想
代田氏は、eMAXISシリーズの立ち上げ以降、以下のような選択を重ねてきました。
- 販売手数料ゼロ(ノーロード)を徹底し、対面販売を捨ててネット販売に絞る
- 個人ブロガーとの意見交換会を継続開催し、投資家との対話を重視
- Slimシリーズでは「業界最低水準の運用コストを将来にわたって目指し続ける」ことを明言
特にSlimシリーズの「業界最低水準を目指し続ける」というメッセージは印象的です。競合他社が安いファンドを出してきたら、それに合わせて自社も引き下げる——これを”約束”として掲げることで、顧客に「迷ったらSlimシリーズ」という選択基準を提示したわけです。
金融商品の世界では、リターン(=性能)がすべての中心になりがちですが、実は”ブランドの一貫性”が長期的な顧客獲得の土台になっている好例だといえます。
顧客との対話が、愛称を育てた
見逃せないのが、代田氏が長年続けてきた「ブロガーミーティング」の存在です。個人ブログで投資信託の情報発信をしている個人投資家に集まってもらい、意見交換を続ける——運用会社が個人投資家と直接つながるのは、当時としては非常に珍しい取り組みでした。
この対話の積み重ねが、後に「オルカン」誕生のきっかけにもなっています。ブロガーミーティングの中で「グローバル株式の指数に連動するファンドが欲しい」という声が上がり、それが商品化されたのが「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」でした。
そして、この長い正式名称を、個人投資家やブロガーが自然発生的に略して呼び始めたのが「オルカン」という愛称です。SNSでの拡散を通じて広く定着し、いまでは商品の正式名称よりも「オルカン」のほうが通りが良い、と言えるほど浸透しました。
つまり、「オルカン」という愛称は、企業が広告費をかけて名付けたものではなく、顧客との対話と信頼関係の中から自然に生まれてきたものだといえます。
愛称を守るという視点
商標の観点から特に注目したいのは、その愛称そのものの扱いです。
顧客側から生まれた愛称は、放置すると企業側のコントロールが及ばないまま独り歩きし、次のようなリスクを抱えるおそれがあります。
- 類似商品やまがい物と混同される
- 悪意の第三者が先に商標登録してしまう(いわゆる抜け駆け出願)
- 愛称のブランド価値が、正規メーカーに帰属しないまま拡散する
三菱UFJ国際投信(現・三菱UFJアセットマネジメント)は、この「オルカン」を商標登録し、公式にブランドとして囲い込みました(登録第6506054号)。顧客が自然に生み出した愛称に対して、正式な商標という”器”を用意することで、ブランドの一貫性と独占性を担保した形です。
「マック」「ミスド」「ファミマ」「ユニクロ」「プレステ」など、他業界でも、企業側が愛称の段階で商標を押さえるケースは少なくありません。金融商品のように”性能重視で愛称文化が育ちにくい”と思われがちな業界でも、この視点は十分に応用が効きます。
まとめ
「オルカン」の事例から見える、ブランド戦略のポイントを整理すると、次のようになります。
- 商品の性能(=リターン)だけでなく、”顧客との一貫した約束”がブランドの中核になる
- 顧客との対話と信頼関係が、想像を超えるブランド資産を生む
- 顧客が生み出した愛称・略称は、放置せずに商標として権利化しておく
商品やサービスの魅力を”名前”に乗せて世の中に広めていく——ブランドとは、そういう地道な積み重ねの結果として育つものです。オルカンの成功は、金融商品という一見ブランドとは縁遠く見える世界においても、その原則が変わらないことを鮮やかに示してくれる事例だと感じました。
