暖簾分けされた商標は引き継げる?(「丸万」事件)

暖簾分けされた商標は引き継げる?(「丸万」事件)

長年にわたり同じ屋号で営業していても、それだけで商標を使い続ける権利が認められるとは限りません。

「丸万」事件では、被告店舗が約30年にわたり「丸万」の名称やロゴを使用していました。

被告は、もともと暖簾分けによって「丸万」の使用を認められた店舗であり、先使用権や通常使用権があると主張しました。

しかし、裁判所はこれらの主張を認めず、商標の使用差止め、包装の廃棄、ウェブサイトからの表示の削除に加え、約5943万円の損害賠償を命じました(令和6(ワ)2395号)。

本件は、暖簾分けや事業承継に伴う商標使用について、口頭の了解や長年の使用だけに頼ることの危険性を示す事例です。

事案の概要

原告は、宮崎市で「丸万支店」とも呼ばれる飲食店を運営する株式会社丸万本舗です。

原告は、鶏の炭火焼きなどについて、ロゴ化された「丸万」の商標を登録していました。

原告商標は、「」(登録第6329204号)及び「」(登録第6329205号)です。

被告は、福岡市で地鶏料理を提供する飲食店を運営し、「丸万」の名称やロゴ「」等を、看板、のれん、制服、商品の包装、ウェブサイトなどに使用していました。

被告店舗は平成6年に開業しました。

開業時には、被告の叔父が、原告代表者の父から「丸万」の屋号やロゴを使用することについて許諾を受けていました。この点については、当事者間にも争いがありませんでした。

その後、平成15年に叔父が亡くなり、被告が店舗の事業を引き継ぎました。

被告は、自らも「丸万」の使用を認められていたと主張しましたが、原告側は、許諾した相手は叔父本人だけであり、被告にまで使用を認めたことはないと争いました。

理由1 被告独自の先使用権は認められなかった

被告は、原告商標の出願前から長期間にわたり「丸万」の標章を使用し、福岡で店舗を営業してきたとして、商標法32条の先使用権を主張しました。

先使用権が認められるためには、原則として、商標登録出願前からその商標を使用し、自己の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている必要があります。

しかし、裁判所は、被告店舗が「丸万」から暖簾分けされた店舗であることを営業上の特徴として打ち出していた点を重視しました。

被告店舗で提供されていた料理も、原告や丸万本店と同様に、鶏もも肉の炭火焼きを中心とするものでした。

利用者の投稿でも、被告店舗は、
「本場宮崎の料理を福岡で食べられる店」
「宮崎の丸万の系列店」
などと理解されていました。

そのため、裁判所は、被告標章が原告や丸万本店とは別個の、被告独自の営業を示す標識として使用されていたとは認めませんでした。

つまり、被告店舗に信用が蓄積していたとしても、それは「丸万」とは無関係な独自の信用ではなく、丸万の系列店としての信用を基礎とするものだったということです。

このことから、被告標章が被告独自の業務を表示するものとして周知になっていたとはいえず、先使用権は否定されました。

理由2 叔父への暖簾分けは被告に当然には承継されなかった

被告は、暖簾分けによって「丸万」の名称とロゴを使用する権利があり、その権利を叔父から事業とともに引き継いだとも主張しました。

裁判所も、暖簾分けに商標の使用許諾が含まれる場合があること自体は否定していません。

しかし、本件で使用を認められていたのは、もともと被告の叔父でした。

被告が叔父から店舗を引き継いだ際、原告代表者の父などから、改めて同様の使用許諾を受けたと認めるだけの証拠はありませんでした。

また、当初の暖簾分けが行われた時点では、現在の原告や原告商標権自体がまだ存在していませんでした。

そのため、過去の暖簾分けによる了解を、後に登録された原告商標についての通常使用権とみることもできないと判断されました。

さらに、叔父に認められていた使用上の地位が、店舗の事業承継によって当然に被告へ引き継がれるともいえないとされました。

暖簾分けによる使用許諾は、その相手との信頼関係や技能などを踏まえた、属人的な合意である場合があります。

店舗や設備を引き継いだからといって、商標を使う権利まで自動的に引き継げるとは限らないのです。

理由3 長年異議を述べなかったことだけでは黙示の許諾にならない

被告は、約30年間、同じ場所で「丸万」を使用して営業してきたにもかかわらず、原告側が長年にわたり異議を述べてこなかったとして、黙示の許諾があったとも主張しました。

また、今になって商標権を行使することは権利濫用に当たると主張しました。

しかし、裁判所は、この主張も認めませんでした。

長期間にわたり使用されていたことや、原告関係者が以前は異議を述べていなかったことだけで、原告が被告に商標の使用を許諾していたとは認められないと判断しています。

原告は令和2年12月頃には使用中止を求め、令和4年には警告書も送付していました。

長年黙っていたことと、法的に商標使用を許諾していたことは同じではありません。

許諾の有無を明確にする契約書や合意書がなければ、「昔から使っていた」「これまで何も言われなかった」という事情だけで使用権を立証するのは難しくなります。

商標登録の無効を求める主張も認められなかった

被告は、原告商標についても無効理由があると主張しました。

具体的には、「丸万」は丸万本店の業務を示す周知商標であり、原告がその商標を不正な目的で登録したなどとして、商標法4条1項10号、19号及び7号を挙げました。

しかし、裁判所は、丸万本店と原告はいずれも、原告代表者の祖母が始めた「丸万」の事業を共通のルーツとしていると認定しました。

現在も親族がそれぞれの店舗を運営し、丸万本店は原告から商標使用の許諾を受けていました。

そのため、丸万本店を原告商標との関係で単純な「他人」とみることはできないとして、無効理由は認められませんでした。

公序良俗違反についても、その根拠となる事情はないとして退けられています。

約5943万円の損害賠償が認められた

裁判所は、被告による商標権侵害を認め、看板、のれん、制服などへの標章の使用を差し止めました。

さらに、標章を付した商品の包装の廃棄や、ウェブサイトからの標章の削除も命じています。

損害額については、主に商標法38条2項に基づいて算定されました。

同項は、侵害者が侵害行為によって得た利益を、商標権者の損害と推定する規定です。

裁判所は、被告店舗の利益を基礎としつつ、原告店舗が宮崎市、被告店舗が福岡市にあり、地理的に離れていることなどを考慮しました。

その結果、推定された損害額のうち30%について推定を覆滅しました。

それでも、原告の請求の範囲内で、主位的請求として約5943万円の支払いが認められています。

長年営業していた店舗であっても、使用権限が認められなければ、それまでの売上や利益を基礎として高額な損害賠償が発生する可能性があります。

この事件から分かること

本件から分かるのは、暖簾分けと商標の使用許諾を曖昧にしてはいけないということです。

暖簾分けは、店舗の名称、料理の技術、営業方法、仕入先、地域など、さまざまな要素を含むことがあります。

しかし、「暖簾分けを認めた」というだけでは、誰が、どの商標を、どの地域で、いつまで使用できるのかが明確ではありません。

特に、当初の許諾を受けた人が亡くなり、家族、従業員、第三者などが事業を承継する場合には注意が必要です。

事業の承継と商標使用権の承継は、必ずしも同じではありません。

暖簾分けを行う側は、少なくとも次の点を書面で定めておく必要があります。

・使用を認める商標やロゴ
・使用できる商品、役務及び地域
・許諾期間と使用料
・品質管理の方法
・第三者への譲渡や再許諾の可否
・相続や事業承継があった場合の取扱い
・契約終了後の看板やウェブサイトの処理

暖簾分けを受ける側も、「ずっと使えるはずだ」と考えるのではなく、事業承継の際に商標の使用権限を改めて確認する必要があります。

まとめ

「丸万」事件では、暖簾分けを受けた店舗で長年使用されていた「丸万」の名称とロゴについて、先使用権や通常使用権は認められませんでした。

被告店舗は、原告や丸万本店とは独立したブランドとして営業していたのではなく、「丸万」の系列店としての信用に依拠していたと判断されました。

また、叔父が受けていた暖簾分けによる使用許諾も、事業を承継した被告に当然に引き継がれるものではないとされました。

その結果、商標の使用差止め、包装の廃棄、ウェブサイトからの表示削除に加え、約5943万円の損害賠償が命じられています。

暖簾分けや事業承継では、名称やロゴを使えるかどうかを口頭の了解だけに任せず、商標の使用条件と承継の可否を契約書で明確にしておくことが重要です。

サムライツ知財事務所では、暖簾分け、事業承継、フランチャイズなどに伴う商標使用契約の作成や見直し、先使用権の検討、商標権侵害への対応についてご相談を承っています。

長年使用してきた屋号やロゴの権利関係を整理したい場合や、事業承継後も商標を使用できるか不安がある場合は、ご相談ください。