結論:「あわ恋いちご」の中に「恋いちご」が含まれていても、「あわ恋」と「いちご」の結合商標として把握される場合には、「恋苺」と非類似と判断されることがあります。
今回の「恋苺」事件では、一審は商標権侵害を認めましたが、控訴審はこれを覆し、被告標章「あわ恋いちご」は本件商標「恋苺」と類似しないと判断しました。
その結果、原判決は取り消され、商標権者側の請求はいずれも棄却されています。
ポイントは、被告標章を「あわ」+「恋いちご」と分けるのではなく、「あわ恋」+「いちご」と把握したことです。
裁判所は、「恋いちご」部分だけを要部として抽出することはできないと判断しました。
目次
事案の概要
本件商標は「
」です(登録第5006976号)。
被告標章は「
」です。
事件は、商標権侵害差止請求控訴事件・令和7年(ネ)1750号です。
原審は大阪地方裁判所令和6年(ワ)5007号です。
一審では、被告標章が本件商標と類似すると判断され、請求が認容されました。
しかし控訴審は、被告標章は本件商標と類似しないとして、原判決を取り消し、請求を棄却しました。
理由1 「恋いちご」だけを取り出して比較することはできない
裁判所は、結合商標について、一部だけを抽出して他人の商標と比較することは、原則として許されないと確認しています。
例外的に一部抽出が許されるのは、その部分が取引者・需要者に対し、商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼・観念が生じない場合などです。
本件では、被告標章「あわ恋いちご」の中に、本件商標「恋苺」と同じ称呼を生じ得る「恋いちご」の文字部分が含まれていました。
しかし、被告標章は、やや丸みのあるPOP体風の文字で、全体が等間隔に1行でまとまりよく表されていました。
そのため、「恋いちご」部分だけが独立して見る者の注意を引く構成ではないと判断されています。
理由2 本件商標「恋苺」の周知性は認められなかった
裁判所は、本件商標が平成18年に登録された商標であることは認めつつも、実際にどのような態様で使用されているかは明らかでなく、取引者・需要者に広く知られていることを認める証拠もないとしました。
この点は、被告商品が取引されている地域に限って見ても同様とされています。
そのため、被告標章中の「恋いちご」部分が、いちごの取引者・需要者に対し、商標権者の商品を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるとはいえないと判断されました。
つまり、「恋苺」が強いブランドとして知られていれば別の見方もあり得ますが、本件ではその前提が認められなかったわけです。
理由3 「あわ」は単なる産地表示とは言い切れなかった
商標権者側は、被告標章の冒頭「あわ」は地名「阿波」を想起させ、商品の産地又は販売地を意味するにすぎないため、識別力がないと主張しました。
そのうえで、残る「恋いちご」部分が要部であり、本件商標「恋苺」と類似すると主張しました。
これに対して裁判所は、パッケージ全体を見れば、「あわ」から地名「阿波」が想起されるとは認めています。
ただし、それはパッケージに「徳島県産」の表示、阿波踊りの踊り手や「阿波」と記載された高張提灯のイラスト、「徳島県産 阿波のいちご」といった記載があるためだとしています。
一方、被告標章「あわ恋いちご」だけを観察した場合、「あわ」からは「阿波」だけでなく、「泡」「粟」「安房」「淡」も想起され得るとされました。
そのため、「あわ」を当然に産地表示として切り離すことはできないと判断されています。
理由4 被告標章は「あわ恋」+「いちご」と把握された
裁判所は、被告標章を付したパッケージが、いちごを同梱する商品のパッケージとして使用されている取引の実情を考慮しました。
そのうえで、「いちご」は商品そのものを示す普通名詞であるとし、残る「あわ恋」は、既存の言葉に「淡い恋心」「淡い恋」などがあることや、被告標章の柔らかな外観とも相まって、「淡い恋」を略して新たに造られた言葉と理解されると判断しました。
つまり、裁判所は、被告標章を
- 「あわ」+「恋いちご」
ではなく、
- 「あわ恋」+「いちご」
の結合標章として把握しました。
そして、「あわ恋」部分から出所識別標識としての称呼・観念が生じる以上、「恋いちご」だけを抽出して本件商標と比較することはできないと判断しています。
理由5 外観・称呼・観念のいずれも非類似とされた
裁判所は、最終的に本件商標「恋苺」と被告標章「あわ恋いちご」を全体比較しています。
外観について、本件商標は漢字を縦書きしたものです。
これに対し、被告標章は「恋」以外を平仮名で表記し、やや丸みのあるPOP体風書体で、等間隔に、やや円弧状に、1行で横書きしたものです。
そのため、外観は明らかに異なると判断されました。
称呼について、本件商標からは「コイイチゴ」の称呼が生じる一方、被告標章からは「アワコイイチゴ」の称呼が生じるとされました。
重なる部分はあるものの、文字数が異なり、称呼が類似しているとはいえないと判断されています。
観念については、いずれも果実の名称である「いちご」に、本来味覚を表現しない心理・感情状態の語を組み合わせたものとされました。
ただし、「恋」と「淡い恋」では想起される観念が異なるため、これと「いちご」を組み合わせて生じる観念も類似しないと判断されています。
条件1 「〇〇恋いちご」と「恋苺」が非類似になりやすい場合
この事件からすると、次のような条件がある場合には、共通部分があっても非類似と判断されやすくなります。
共通部分だけが強く支配的とはいえない場合
「恋いちご」が含まれていても、その部分だけが目立つ構成でなければ、要部として抽出されにくくなります。
前半部分が独自の意味や印象を持つ場合
本件では、「あわ恋」が「淡い恋」を略した造語のように理解され、出所識別標識としての称呼・観念を生じるとされました。
前半部分に一定の識別力がある場合、後ろの共通部分だけで類似とはなりにくいです。
先行商標の周知性が認められない場合
本件商標「恋苺」が需要者に広く知られているとは認められなかったため、「恋いちご」部分が強く支配的な印象を与えるとはいえませんでした。
外観や称呼が全体として大きく異なる場合
漢字縦書きと平仮名中心の横書き、文字数の違い、書体の違いなどがあれば、全体として別の印象を与えやすくなります。
条件2 逆に類似とされる可能性がある場合
一方で、次のような事情があれば、結論は変わる可能性があります。
「恋いちご」部分が強く目立つ場合
被告標章中で「恋いちご」部分だけが大きい、太い、色が違うなど、独立して注意を引く構成であれば、要部として抽出される余地があります。

ちなみに、別の件で「はこだて恋いちご」という商標が、「恋苺」に類似すると判断されて拒絶になった事例があります(不服2024-008729)。こちらは地名の「函館」のひらがな表記に過ぎず、それ自体に出所識別標識としての称呼、観念が生じないため、「恋いちご」の文字部分が強く目立つという理由で「恋苺」に類似すると判断されたようです。
前半の「あわ」が明確に産地表示にすぎない場合
「あわ」が明らかに「阿波」を意味し、産地表示としてのみ理解される表示態様であれば、識別力のない部分として捨象される可能性があります。
先行商標「恋苺」が周知である場合
もし「恋苺」がいちごのブランドとして広く知られていれば、被告標章中の「恋いちご」部分が需要者に強く印象付けられ、類似方向に傾く可能性があります。
全体の称呼・観念が近い場合
前半部分の印象が弱く、結局「恋いちご」として把握される場合には、称呼・観念が近くなり、混同のおそれが問題になります。
この事件から分かること
この事件が示しているのは、商標の一部に先行商標と同じ読みが含まれていても、その部分だけを当然に抽出できるわけではないということです。
本件では、「あわ恋いちご」の中に「恋いちご」が含まれていました。
しかし裁判所は、表示態様、取引の実情、パッケージ全体の印象、先行商標の周知性の有無を踏まえ、「恋いちご」部分だけを要部とは認めませんでした。
特に重要なのは、被告標章を「あわ」+「恋いちご」と見るのではなく、「あわ恋」+「いちご」と見た点です。
このように、どこで区切って商標を把握するかによって、類否判断の結論は大きく変わります。
次の判断に進むために見るべきポイント
結合商標の類否を検討するときは、次の順番で見ると判断しやすくなります。
まず、どこで自然に区切られるかを確認する
見た目、語感、意味、商品との関係から、需要者がどの部分を一まとまりとして把握するかを考えます。
次に、共通部分だけが強く支配的かを見る
先行商標と共通する部分が、全体の中で独立して強く印象に残るかを確認します。
さらに、前半部分が識別力を持つかを見る
前半部分が単なる産地表示や品質表示にすぎないのか、それとも造語的・ブランド的な印象を持つのかを検討します。
最後に、先行商標の使用実態・周知性を確認する
先行商標が周知であれば、共通部分の印象は強くなりやすいです。
逆に使用実態や周知性が弱い場合、共通部分だけを重く見ることは難しくなります。
まとめ
「あわ恋いちご」の中に「恋いちご」が含まれていても、全体が「あわ恋」+「いちご」と把握される場合には、「恋苺」と非類似と判断されることがあります。
「恋苺」事件では、
- 被告標章は全体がまとまりよく一連に表示されていた
- 「恋いちご」部分だけが独立して注意を引く構成ではなかった
- 本件商標「恋苺」の周知性は認められなかった
- 「あわ」は「阿波」だけでなく「淡」なども想起し得るとされた
- 被告標章は「あわ恋」+「いちご」と把握された
- 外観・称呼・観念のいずれも類似しないと判断された
ことから、商標権侵害は否定されました。
この事例は、結合商標では、共通する文字部分の有無だけでなく、需要者がどこで区切って把握するかが極めて重要であることを示しています。
ネーミングを検討する際には、「一部が似ているか」だけでなく、「全体としてどう記憶されるか」まで見る必要があります。
サムライツ知財事務所では、こうした結合商標の類否判断や、商品名の一部が先行商標と重なる場合のリスク判断についてもご相談いただけます。
問い合わせる前に比較したい、比較したうえで販売名やパッケージ表示を検討したいという段階でも、早めに整理しておくと次の判断に進みやすくなります。
