結論:商標権者が長期間にわたり相手方の標章使用を認識しながら異議を述べず、共同事業的な関係もあった場合には、黙示の許諾が認められ、商標権侵害が否定されることがあります。
今回の「ジェットバブル」事件では、商標「ジェットバブル」の商標権者が、被告による「SUPER JET BUBBLE」及び「ジェットバブル」の使用について、商標権侵害を主張しました。
しかし、一審・控訴審ともに、被告による標章使用について黙示の許諾があったと判断し、商標権侵害は認められませんでした。
この事件は、形式的には商標権侵害に見える場合でも、当事者間の過去の関係や長期間の対応によって、権利行使が認められないことがあることを示しています。
目次
事案の概要
本件商標は「ジェットバブル」(登録第4736592号)です。
被控訴人である一審被告は、次の標章を使用していました。
- 被告標章1:「SUPER JET BUBBLE」
- 被告標章2:「ジェットバブル」
具体的には、「SUPER JET BUBBLE」の標章が付されたトラックを使用して高圧洗浄サービスを行い、またウェブページ上で「SUPER JET BUBBLE」又は「ジェットバブル」の標章を使用していました。
商標権者側は、これらの使用が本件商標権を侵害するとして、損害賠償及び不当利得返還を求めました。
一審は、商標権者が被告による標章使用を黙示に許諾していたとして請求を棄却しました(令和6(ワ)70579号)。
控訴審もこの判断を維持し、控訴を棄却しています(令和7(ネ)10072号)。
理由1 被告標章の使用自体は争われていなかった
この事件で重要なのは、被告が標章を使用していたこと自体は大きな争点ではなかった点です。
一審判決では、本件商標と被告標章1・2が類似すること、また被告が本件商標の指定役務に係る業務について被告標章を使用していたことは、当事者間に争いがないとされています。
つまり、この事件は、
商標が似ているかどうか
よりも、
その使用について商標権者の許諾があったといえるか
が中心的な争点でした。
理由2 長期間にわたり標章使用が継続していた
被告は、遅くとも平成19年頃から、「SUPER JET BUBBLE」の標章が付されたトラックを使用して高圧洗浄サービスを行っていました。
また、その頃からウェブページ上でも「ジェットバブル」等の標章を使用していました。
一方、商標権者側が警告書を送付したのは、令和4年12月15日付けです。
つまり、少なくとも約18年にわたり、被告標章の使用が継続していたことになります。
控訴審は、この長期間にわたって商標権者側が異議を述べていなかったことを、黙示の許諾を認める重要な事情として評価しています。
理由3 当事者間には協力関係があった
単に長期間放置していたというだけで、常に黙示の許諾が認められるわけではありません。
本件で特に重要なのは、商標権者側の代表者と被告との間に、ジェットバブル工法に関する協力関係があったことです。
控訴審では、次のような事情が指摘されています。
- 商標権者側の代表者が関与していた会社から、被告に対して被告標章1が付されたトラックが譲渡されていた
- その際、標章の表示を変更するよう指示した事実は認められなかった
- 商標権者側の代表者は、被告に工事案件を紹介していた
- ジェットバブル車の使用方法について技術指導も行っていた
- ジェットバブル工法のパンフレットには、問い合わせ先として被告の住所が記載されていた
- 関連する特許についても、最終的に発明者を商標権者側代表者、特許権者を被告として登録されていた
- 商標権者側の関連会社からの依頼で、被告がジェットバブル車を用いた作業を行っていた
これらの事情から、控訴審は、商標権者側と被告が、長期間にわたり互いに協力しながらジェットバブル工法の高圧洗浄事業を行ってきたと評価しました。
理由4 商標権者側が使用を知らなかったとは考えにくいとされた
控訴人は、令和4年4月頃まで、被告による被告標章の使用を知らなかったと主張しました。
しかし、控訴審はこの主張を採用しませんでした。
理由は、被告標章1が付されたトラックの譲渡、工事案件の紹介、技術指導、パンフレットへの被告住所の記載、関連特許の出願名義変更などの事情からすれば、商標権者側の代表者が被告による標章使用を知らなかったとは到底考え難いとされたためです。
つまり、裁判所は、
知らなかったのではなく、知っていたはずである
と見たわけです。
そのうえで、約18年間にわたって異議を述べていなかった以上、被告がジェットバブル工法の高圧洗浄事業において被告標章を無償で使用することを、黙示に許諾していたと認めるのが相当と判断しました。
条件1 黙示の許諾が認められやすい場合
この事件からすると、次のような事情が重なる場合には、黙示の許諾が認められやすくなります。
権利者が相手方の使用を認識していたといえる場合
明示的に承諾していなくても、取引関係や共同事業の実態から、権利者が標章使用を知っていたと認定されることがあります。
本件では、トラックの譲渡、技術指導、案件紹介などから、使用を知らなかったとは考えにくいとされました。
長期間にわたり異議を述べていない場合
短期間の不対応だけで黙示の許諾が認められるとは限りません。
しかし、本件のように約18年という長期間にわたって使用が継続し、その間に異議を述べていない場合には、黙示の許諾を基礎づける事情になります。
権利者と使用者が協力関係にあった場合
単なる第三者の無断使用ではなく、事業上の協力関係があった場合、標章使用についても一定の了解があったと見られやすくなります。
標章付きの物品を引き渡している場合
本件では、被告標章が付されたトラックが被告側に引き渡されていました。
その際に表示変更を求めなかったことも、黙示の許諾を支える事情になっています。
条件2 黙示の許諾が認められにくい場合
一方で、次のような場合には、黙示の許諾は認められにくいと考えられます。
権利者が使用を知らなかった場合
実際に相手方の使用を認識していなかったのであれば、黙示の許諾を認める前提が弱くなります。
ただし、本件のように客観的事情から「知らなかったとは考えにくい」と判断されることもあります。
使用発見後すぐに異議を述べている場合
使用を知った後、速やかに警告書を送るなどして使用中止を求めていれば、黙示の許諾は認められにくくなります。
当事者間に協力関係がない場合
単なる第三者による無断使用であり、権利者との事業上の関係もない場合には、黙示の許諾を認める事情は乏しくなります。
使用範囲が当初想定を超えて拡大している場合
仮に一定の使用を許していたとしても、商品・役務、地域、態様、期間などが大きく変われば、その範囲まで許諾していたとはいえない場合があります。
この事件から分かること
この事件が示しているのは、商標権侵害の判断では、商標の類似や使用の有無だけでなく、当事者間の関係や過去の経緯も重要になるということです。
形式的には、商標権者の登録商標と類似する標章が、指定役務に関係して使用されているように見える場合があります。
しかし、長年にわたりその使用を認識しながら異議を述べず、さらに共同事業的な関係の中で使用が継続していた場合には、後になって商標権侵害を主張しても、黙示の許諾があったとして認められない可能性があります。
本件では、被告が警告書を受領した後、金銭請求には応じなかったものの、被告標章の使用を中止していた点も確認されています。
それでも、過去の使用については黙示の許諾があったとされ、損害賠償請求は認められませんでした。
次の判断に進むために見るべきポイント
商標の使用許諾が問題になる場合は、次の順番で確認すると判断しやすくなります。
まず、明示の契約があるかを確認する
ライセンス契約書、覚書、メール、発注書、仕様書などで、使用許諾の範囲が明示されているかを確認します。
次に、黙示の許諾を基礎づける事情があるかを見る
標章付き商品の引渡し、共同事業、技術指導、案件紹介、長期間の不異議などがあるかを確認します。
さらに、権利者が使用を認識していたかを確認する
実際に知っていたか、又は客観的に見て知っていたと評価される事情があるかが重要です。
最後に、許諾の範囲を確認する
仮に黙示の許諾があったとしても、どの商品・役務、どの地域、どの期間、どの使用態様まで許されていたのかは別問題です。
まとめ
黙示の許諾が認められる場合、登録商標と類似する標章が使用されていても、商標権侵害は認められません。
「ジェットバブル」事件では、
- 被告が「SUPER JET BUBBLE」及び「ジェットバブル」を使用していた
- 被告標章が付されたトラックが長年使用されていた
- 商標権者側代表者と被告は、ジェットバブル工法の事業で協力関係にあった
- 商標権者側が標章使用を知らなかったとは考えにくいとされた
- 約18年間にわたり異議が述べられていなかった
- そのため、被告による無償使用について黙示の許諾があったと判断された
ことから、商標権侵害は否定されました。
この事例は、商標の使用を許す場合には、たとえ親しい取引先や共同事業の相手であっても、使用範囲を契約書などで明確にしておくことの重要性を示しています。
逆に、権利者側も、無断使用だと考える標章を見つけた場合には、長期間放置せず、早めに対応する必要があります。
サムライツ知財事務所では、商標ライセンス契約、共同事業における商標使用ルール、黙示の許諾リスクを避けるための契約整備についてもご相談いただけます。
問い合わせる前に使用状況を整理したい、比較したうえで警告・契約・ライセンス対応を検討したいという段階でも、早めに整理しておくと次の判断に進みやすくなります。