結論:周知商標と文字の外観が近く、称呼も紛らわしい場合、観念が比較できなくても、商標法4条1項11号により登録が取り消されることがあります。
今回の「SHINOGI」事件では、本件商標「SHINOGI」と引用商標「SHIONOGI」等が類似すると判断され、本件商標の登録は取り消されました。
ポイントは、引用商標「SHIONOGI」の周知性です。
通常の類否判断では、外観・称呼・観念を総合して判断しますが、本件では、引用商標が大手製薬メーカーの周知商標であることも踏まえられ、外観の近似性と称呼の類似性が重く評価されました。
目次
事案の概要
本件商標は「SHINOGI」(登録第6827726号)です。
引用商標は、主に次の2件です。
異議申立ては、異議2024-900197です。
異議決定では、本件商標は引用商標と類似し、指定商品も同一又は類似するとして、商標法4条1項11号に違反して登録されたものと判断されました。
その結果、本件商標の登録は取り消されています。
理由1 引用商標「SHIONOGI」は周知商標と認定された
まず重要なのは、引用商標「SHIONOGI」の周知性です。
申立人の塩野義製薬は、1878年創業の大手製薬メーカーであり、2023年度の連結売上収益は約4,351億円に上るとされています。
また、医薬品やサプリメントなどのヘルスケア商品に加え、衛生マスク、食品、化粧品など幅広い商品を扱っていることも認定されています。
さらに、申立人が開発した新型コロナウイルス感染症の国産初の飲み薬「ゾコーバ」が大きく注目されたことや、「シオノギ・ミュージックフェア」が長年放映されていることなども、周知性を基礎づける事情として挙げられています。
加えて、引用商標2:「
」(登録第1751732号)については防護標章登録も認められていました。
この点も、引用商標の周知性を裏付ける事情の一つとして考慮されたものといえます。
※参考記事:「著名な商標をより手厚く保護するための「防護標章登録」とは?」
https://samuraitz.com/weblog/trademark/5559/
理由2 「SHINOGI」と「SHIONOGI」は外観上かなり近いとされた
本件で特に重視されたのが外観です。
本件商標「SHINOGI」と引用商標「SHIONOGI」は、いずれも欧文字で構成されています。
両者を比べると、
- 「S」
- 「H」
- 「I」
- 「N」
- 「O」
- 「G」
- 「I」
の文字を共通にしています。
相違点は、中間における「O」の有無です。
つまり、
- SHINOGI
- SHIONOGI
という比較で、途中に「O」が一つ入るかどうかの違いにとどまります。
異議決定は、この差異はあるものの、全体として両者は外観上、極めて近似した印象を与えると判断しました。
引用商標2には「シオノギ」の片仮名も付されていますが、これは上段の「SHIONOGI」の読みを示したものと自然に理解されるため、外観上の差異として大きく評価されるものではないとされています。
理由3 称呼も「シノギ」と「シオノギ」で紛らわしいとされた
本件商標「SHINOGI」からは、「シノギ」の称呼が生じます。
一方、引用商標「SHIONOGI」からは、「シオノギ」の称呼が生じます。
一見すると、「シノギ」と「シオノギ」は音数が違います。
しかし異議決定は、相違するのは2音目の「オ」の有無であり、それ以外の「シ」「ノ」「ギ」の音は共通しているとしました。
さらに、「オ」は中間に位置する比較的弱い音として発音され、聴取しにくい場合があることも考慮されています。
その結果、両称呼を一連に称呼した場合、語調・語感が近く、聴き誤るおそれがあると判断されました。
理由4 観念は比較できないが、それでも類似とされた
観念については、本件商標「SHINOGI」からは特定の観念は生じないとされました。
「SHINOGI」は、「鎬」「凌ぎ」や囲碁用語の「シノギ」など複数の日本語に通じる可能性があり、一義的に特定の観念を想起できないためです。
一方、引用商標「SHIONOGI」からは、周知性を踏まえて、申立人の業務に係る医薬品等の周知商標という観念が生じるとされています。
したがって、両商標は観念上比較できないとされました。
ただし、観念が比較できないからといって、非類似になるわけではありません。
本件では、外観が極めて近似し、称呼も類似し、さらに引用商標が周知であることを総合して、両者は紛らわしい類似商標と判断されています。
条件1 周知商標と類似とされやすい場合
この事件からすると、次のような場合には、周知商標との類似が認められやすくなります。
外観上の差異が小さい場合
文字数が近く、共通する文字が多く、相違点が一文字程度にとどまる場合です。
特に欧文字商標では、一文字の有無だけでは十分な差異と見られないことがあります。
称呼上の差異が中間の弱い音にとどまる場合
語頭や語尾ではなく、中間にある短い音の有無だけが違う場合、全体の語調・語感が近いとされやすくなります。
引用商標が周知である場合
引用商標が周知であれば、需要者が類似する文字列を見たときに、周知商標を想起しやすくなります。
そのため、通常よりも混同のおそれが認められやすくなります。
指定商品・役務が近い場合
本件では、本件商標の指定商品が、引用商標の指定商品・指定役務と同一又は類似すると判断されています。
商品分野が近いほど、商標の近似性はより問題になりやすくなります。
条件2 逆に結論が変わり得る場合
もっとも、周知商標と一部文字が似ているだけで、常に登録が取り消されるわけではありません。
外観上の差異が明確な場合
文字構成、語順、長さ、デザイン、図形要素などに明確な差があれば、外観上の近似性は弱まります。
称呼が明瞭に聴別できる場合
語頭音が異なる場合や、音数・リズムが大きく異なる場合には、称呼上の混同は生じにくくなります。
引用商標の周知性が立証されていない場合
周知性が認められなければ、需要者が引用商標を強く想起するという前提が弱くなります。
その場合、外観・称呼・観念の通常の比較により、非類似とされる余地もあります。
商品・役務の関係が遠い場合
商品・役務の分野が大きく離れていれば、誤認混同のおそれは低く評価される可能性があります。
ただし、著名性が非常に高い場合は、15号の問題が別途出てきます。
防護標章登録制度が効いた事例ともいえる
本件で興味深いのは、引用商標の周知性の認定に際し、防護標章登録の存在も考慮されている点です。
防護標章登録は、著名な登録商標について、非類似の商品・役務にまで混同防止の保護を広げる制度です。
つまり、防護標章登録が認められていること自体、当該商標が高い周知・著名性を有することを示す事情になり得ます。
本件は、直接には4条1項11号に基づく取消しであり、4条1項15号については判断されていません。
それでも、引用商標の周知性が11号の類否判断の中で考慮されています。
その意味で、本件は、防護標章登録制度が実務上も有効に機能し得ることを示す事例の一つといえそうです。
この事件から分かること
この事件が示しているのは、周知商標に近い文字列を採用するリスクの高さです。
特に、周知商標と比較して、
- 文字の多くが共通する
- 差異が一文字程度にとどまる
- 称呼も近い
- 商品分野も近い
という場合には、観念が比較できなくても、類似と判断される可能性があります。
また、周知商標については、通常の商標よりも、需要者がその商標を想起しやすいという事情が加わります。
そのため、わずかな違いを加えただけでは、十分に距離を取ったとはいえない場合があります。
次の判断に進むために見るべきポイント
周知商標に近い名称を検討する場合は、次の順番で確認すると判断しやすくなります。
まず、文字の共通部分を確認する
何文字中、何文字が共通しているのか。
相違点が語頭なのか、中間なのか、語尾なのかを見ます。
次に、称呼の違いが明瞭かを見る
一音違いでも、位置や音の強さによって評価は変わります。
特に中間の弱い音の有無だけでは、差異として弱い場合があります。
さらに、引用商標の周知性を確認する
周知商標であれば、類否判断においても、需要者がその商標を想起しやすい事情として考慮され得ます。
最後に、指定商品・役務の距離を見る
同一又は類似の商品・役務であれば、混同のおそれはより強く問題になります。
遠い分野であっても、著名商標の場合は15号のリスクがあります。
まとめ
周知商標と文字の外観が近く、称呼も紛らわしい場合、観念が比較できなくても、類似商標として登録が取り消されることがあります。
「SHINOGI」事件では、
- 引用商標「SHIONOGI」が周知商標と認定された
- 「SHINOGI」と「SHIONOGI」は多くの文字を共通にしていた
- 差異は中間の「O」の有無にとどまった
- 「シノギ」と「シオノギ」の称呼も聴き誤るおそれがあるとされた
- 指定商品も同一又は類似と判断された
ことから、本件商標は商標法4条1項11号に該当するとして、登録が取り消されました。
この事例は、周知商標に近いネーミングを採用する際には、一文字違いであっても慎重な検討が必要であることを示しています。
特に医薬品・ヘルスケアのように需要者の信頼が重要な分野では、外観や称呼の近さがより重く見られる可能性があります。
サムライツ知財事務所では、周知商標に近い名称の採用リスクや、防護標章登録を含むブランド保護戦略についてもご相談いただけます。
問い合わせる前に比較したい、比較したうえで出願や異議対応を検討したいという段階でも、早めに整理しておくと次の判断に進みやすくなります。
