「農林水産省知的財産戦略2030」から考える、これからの農業知財戦略

「農林水産省知的財産戦略2030」から考える、これからの農業知財戦略

農林水産省は令和7年6月、「農林水産省知的財産戦略2030」を公表しました。
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/b_senryaku/attach/pdf/index-50.pdf

この戦略を一言でまとめると、
「農林水産業が持つ品種、技術、ノウハウ、ブランド、データなどを、単に守るだけでなく、経営に活用して稼ぐ力につなげる」
というものです。

農林水産業における知的財産というと、品種登録や商標登録を思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、今回の戦略で対象となっているのは、それだけではありません。

栽培ノウハウ、家畜遺伝資源、スマート農業技術、農業データ、地域ブランド、GI、認証、さらには国際標準まで幅広く含まれています。

農業者や農業法人にとっても、「知財は大企業や研究機関の話」ではなく、経営戦略の一部として考える時代になってきたといえます。

「知財を守る」から「知財で稼ぐ」へ

今回の戦略で特徴的なのが、「稼ぎ」という言葉が繰り返し使われていることです。

これまで日本の農林水産分野では、優れた品種や技術を広く普及させることが重視されてきました。

その一方で、優良品種が海外に流出したり、長年培ってきた栽培技術やブランドに第三者が便乗したりする問題も起きています。

そこで今後は、
「守るべきものは守る」
だけでなく、

「知的財産をライセンスし、ブランド化し、収益を得て、その利益を次の開発や生産に還元する」
という循環を作ろうとしています。

これが、戦略の中でいう「知的財産サイクル」です。

1 品種は「登録して終わり」ではなく、ライセンスまで考える

植物新品種については、育成者権による保護を強化するとともに、海外流出や無断栽培を防止することが大きな柱になっています。

特に興味深いのは、海外への品種流出を単純に止めるだけでなく、戦略的に海外ライセンスを行うという発想です。

例えば、日本産品の出荷が少ない時期に海外で正規にライセンス生産し、年間を通じてブランド商品を供給する。

さらに、海外生産者からロイヤルティを受け取り、その収入を新品種の育成や産地形成に戻す。

このような仕組みが想定されています。

つまり、
「海外に出さない」
だけではなく、
「管理できる形で海外に出して稼ぐ」
という考え方です。

品種を育成している農業法人や産地にとっては、品種登録だけでなく、

・誰に使わせるのか
・どこで栽培を認めるのか
・苗木をどう管理するのか
・ロイヤルティをどう設定するのか

まで含めて考える必要があります。

2 地域ブランドは「名前を付ける」だけでは足りない

「地域・日本ブランド」も今回の戦略の重要なテーマです。

戦略では、まず市場や顧客を定め、その顧客に対して何を価値として訴求するのかを考えた上で、商標、GI、認証などを適切に組み合わせることが求められています。

ここで注意したいのが、商標とGIでは制度の性格が異なることです。

例えば、個々の農業法人や食品事業者が、自社の商品名やブランド名を保護したい場合には、商標登録が基本的な選択肢になります。

これに対してGI(地理的表示)は、一企業が地域名や産品名を独占するための制度ではありません。

地域ならではの自然条件や伝統的な製法などと結びつき、一定の品質や社会的評価を有する農林水産物・食品について、生産者団体が申請し、国がその名称を地域全体の知的財産として保護する制度です。

そのため、
「自社のブランドを守るなら商標」
「地域の生産者が共同で地域産品の名称と価値を守り、育てるならGI」
という整理が分かりやすいと思います。

また、GI登録後も、各事業者が自社の商品ブランドを商標で育てることはできます。

例えば、地域産品としての信用はGIで守り、その中で各生産者の商品名やロゴは個別の商標で保護する、といった組み合わせも考えられます。

重要なのは、GIと商標のどちらか一方を選ぶことではなく、
「地域共有のブランド」と「個々の事業者のブランド」
を分けて考え、それぞれに適した制度を使うことです。

3 栽培ノウハウは、何でも特許にすればよいわけではない

今回の戦略では、「オープン・クローズ戦略」も重視されています。

つまり、技術やノウハウについて、

「何を公開し、何を秘密にするのか」

を意識的に決めるということです。

例えば、独自の栽培方法がある場合、それを特許として権利化する方法があります。

一方で、特許出願をすると技術内容が公開されます。

第三者が簡単に模倣できない技術であれば、あえて公開せず、営業秘密やノウハウとして管理する方が有利な場合もあります。

実際、「農林水産省知的財産戦略2030」では、高糖度トマト「アメーラ」の事例が紹介されています。

栽培ノウハウは秘密として守りつつ、ブランドは商標で保護し、特定の生産者に栽培技術をライセンスする仕組みです。

さらに海外では、商標と栽培技術をセットでライセンスしています。

まさに、

「ブランドは商標で守る」
「技術はノウハウとして秘匿する」
「必要な相手には契約で使わせる」

という組み合わせです。

4 農業データも知的財産として考える

今後特に重要になるのがデータです。

スマート農機、センサー、ドローン、AIなどの普及によって、

・栽培条件
・収量
・気象
・病害虫
・施肥
・作業工程

など、多くの農業データが蓄積されるようになっています。

こうしたデータは、単なる記録ではなく、競争力の源泉になる可能性があります。

戦略でも、データをその性質に応じて営業秘密などの知的財産として扱い、活用と流出防止を両立させることが重視されています。

特に注意したいのが、スマート農機やクラウドサービスを導入するときです。

「機械を買ったからデータも自分のもの」
とは限りません。

誰がデータを取得できるのか、事業者が二次利用できるのか、AI学習に使われるのかなどは、利用規約や契約によって決まります。

農業者側も、契約内容を確認する必要があります。

農林水産業者におすすめしたい5つの知財戦略

では、実際の農業経営では何をすればよいのでしょうか。

まずおすすめしたいのは、自社にある「見えない資産」を棚卸しすることです。

例えば、

・商品名、農園名、ブランド名
・品種
・独自の栽培方法
・加工方法
・顧客情報
・生産データ
・契約農家のネットワーク
・品質基準
・地域のストーリー

などです。

次に、それぞれについて、

「登録して守る」
「秘密にして守る」
「契約で使わせる」
「広く公開してブランドを広げる」

のどれを選ぶか考えます。

特におすすめなのは、次のような組み合わせです。

① 商品名・農園名は早めに商標登録する

ブランドが知られてから第三者に先に商標を取られると、大きな問題になります。

販売を始める前の段階で商標調査を行い、主要な名称は登録しておく方が安全です。

② 産地全体でブランドを育てるならGIを検討する

地域の自然条件や伝統的な製法などと結びついた品質や評価を有する産品について、産地の生産者が共同でブランドを守っていくのであれば、GIの活用を検討できます。

GIは、一事業者が名称を独占する制度ではなく、生産者団体が申請し、地域産品の名称を国が保護する制度です。

一方、各農業法人や事業者が独自に使用する商品名、農園名、ロゴなどについては、商標登録を検討します。

地域全体の信用はGIで守り、その上で個々の事業者が商標によって独自のブランドを構築する、という使い分けも考えられます。

③ ノウハウは「秘密として管理」する

秘密にしたい栽培技術を、視察者に自由に見せたり、SNSで公開したりしていては営業秘密として保護することが難しくなります。

従業員、共同研究者、取引先との秘密保持契約や情報管理も重要です。

④ 海外展開前に商標・品種の権利を取る

海外で売れ始めてから権利を取ろうとしても、既に第三者が商標を出願している場合があります。

輸出や海外展開を考えているのであれば、販売開始前に権利関係を整理しておくべきです。

⑤ 「全部守る」のではなく、守るものを選ぶ

知的財産にはコストがかかります。

すべてを権利化する必要はありません。

重要なのは、自社の利益を生み出しているものは何かを見極め、

「これは商標」
「これは品種登録」
「これは営業秘密」
「これは公開して普及させる」

と分けることです。

まとめ

「農林水産省知的財産戦略2030」が示しているのは、農林水産業における知的財産を「権利の話」だけで終わらせず、経営そのものに組み込む必要があるということです。

品種、ブランド、栽培技術、データ、地域のストーリー。

農林水産業には、まだ権利として見える化されていない知的財産が数多くあります。

これから重要になるのは、

「何を持っているか」
「何を守るか」
「何を公開するか」
「誰に使わせるか」
「どう収益につなげるか」

を一体として考えることです。

知財は、単に他人に真似されないための防御手段ではありません。

自社や産地の強みを明確にし、ブランド価値を高め、ライセンスや海外展開につなげるための経営資源でもあります。

サムライツ知財事務所では、農産物・食品のブランド名の商標登録、地域ブランドやGIとの使い分け、農業法人の知財戦略、ライセンス契約、海外展開を見据えた商標戦略などのご相談を承っています。

「自分たちの強みのうち、何を知財として守るべきか分からない」という段階から整理しておくことが、今後の農業経営では重要になると思います。