特許庁が公表した「令和7年度商標出願動向調査報告書(概要)-マクロ調査-」は、単に件数を並べた資料ではありません。どの国で出願が増えているのか、どの国で減っているのか、どの分野に出願が集まっているのか、日本企業は海外でどのルートを使っているのかまで、かなり実務的に読める内容になっています。調査対象は55の国・地域・機関で、2024年の直接出願、国際登録出願、主要国の制度や産業分野別の傾向まで整理されています。
目次
まず大きな流れとして、中国の減少と各国のばらつきが目立つ
報告書の全体動向を見ると、中国は依然として主要国の中で最も出願件数が多い一方、2020年に900万件超まで伸びた後、2022年以降は減少が続いています。背景として報告書は、ゼロコロナ政策や不動産バブル崩壊などによる経済状況の悪化に加え、サスペンド制度の導入で再出願やバックアップ出願が不要になったことも要因として挙げています。
日本については、2015年から2017年にかけて増加し、2017年には190,939件で過去10年で最多となりましたが、その後は減少傾向に入り、2024年の出願件数は2016年の水準を下回っています。料金未納で却下される一部出願を除外して見ても、2022年以降は減少が続き、2024年は2017年水準を下回ると整理されています。
日本では自国出願も海外からの出願も、ここ数年は減少基調
日本における出願区分数の動向を見ると、自国出願区分数は2020年をピークに2024年まで減少が続いています。他方、海外から日本への出願区分数も2021年の大幅増をピークに減少へ転じ、2024年まで減少しています。ただし、他国出願比率は2024年に再び上昇に転じています。つまり、日本市場向けの出願全体は弱含みでも、相対的には海外勢の存在感が少し戻っている、という見方もできます。
2024年の日本の産業分野別出願区分数では、役務が129,944区分で41.9%を占め、最も大きい比率でした。機械が17.3%、雑貨が10.4%、繊維が10.2%、化学が10.2%、食品が10.0%で続いています。日本ではモノの商標だけでなく、サービス分野の商標出願がかなり厚いことが改めて見て取れます。
主要国を並べると、役務中心の国とそうでない国が分かれる
2020年から2024年の累計で見ると、主要国・機関ではすべて役務分野の比率が最大ですが、その中でもブラジルが64.4%と突出しています。韓国は44.2%、日本は料金未納却下分を除いた集計で41.1%、EUIPOは37.7%、米国は36.3%、中国は32.9%です。逆に中国では食品分野の比率が20.9%と高く、インドとベトナムでは化学分野の比率が比較的大きいと整理されています。各国の商標出願は、単に件数の多寡だけでなく、産業構造の違いもかなり反映していることが分かります。
このあたりは実務でも示唆があります。たとえば、日本で商標の話をするとサービス分野の出願を前提に考えがちですが、海外では食品や化学の比重が高い国もあり、同じ感覚で見ていると市場の違いを見誤る可能性があります。商標出願は法務だけでなく、どの市場で何を売るのかという事業構造そのものを映しています。
国際登録出願は大きく落ち込まず、2024年は微増
マドリッド協定議定書に基づく国際登録出願件数は、2021年に73,763件まで伸びた後、2022年、2023年と減少しましたが、2024年は64,516件で前年比0.7%の微増でした。指定国件数も2024年は516,743件で前年比0.9%増となっています。全体としては急拡大というより、調整を経て下げ止まりつつある印象です。
2024年の指定国ランキングでは、英国が30,175件、EUIPOが29,911件、米国が27,145件で上位を占めています。国際登録を使う企業にとっては、依然として欧州・英国・米国が重要なターゲットであることが数字にも出ています。
日本企業の海外出願は、なお直接出願が中心
日本居住者による主要国・機関への海外出願ルートを見ると、2024年は全体として直接出願が67.2%、国際登録出願が32.8%でした。国別に見ると、中国向けは約90%が直接出願である一方、スイス、英国は65%以上、EUIPOは60%以上、ロシア、インド、ベトナムは約50%が国際登録出願となっています。国によって、どの出願ルートが使われやすいかがかなり違います。
また、グローバル企業の利用割合を見ると、日本企業は2020年から2024年の累計で直接出願91.0%、国際登録出願9.0%でした。米国企業も直接出願中心ですが、欧州企業は国際登録出願42.3%、韓国企業は62.3%と、よりマドプロを積極的に使っています。日本企業はなお個別国への直接出願志向が強いと言えそうです。
この報告書をどう読むべきか
この報告書を実務目線で読むと、いくつか見えてくることがあります。
一つは、出願件数の増減は景気や制度変更の影響をかなり受けるということです。中国の減少はその典型ですし、日本でも件数だけを見て市場の勢いを単純に判断するのは危ういと感じます。
もう一つは、商標はますます役務寄りになっているということです。日本でも主要国全体でも、役務分野の厚みはかなり目立ちます。モノの商標だけを守る時代ではなく、サービス名、プラットフォーム名、アプリ名、運営ブランド名まで含めた設計が前提になっていると見てよさそうです。
さらに、海外出願では「どの国に出すか」だけでなく、「どのルートで出すか」が実務上かなり重要です。日本企業は今も直接出願が多いですが、国や業種によっては国際登録出願の使いどころがはっきりあります。単純にマドプロが便利かどうかではなく、対象国の組み合わせや運用体制まで含めて考える必要がある、ということだと思います。
まとめ
令和7年度商標出願動向調査報告書を見ると、世界の商標出願は一律に増えているわけではなく、中国の大幅減、日本の弱含み、国際登録出願の下げ止まり、そして役務分野の厚みという、いくつかのはっきりした流れが見えてきます。商標は相変わらず出願件数の話として語られがちですが、実際には市場構造、制度設計、海外戦略の違いがかなり反映されています。
商標の数字は、単なる統計ではありません。どこで勝負しようとしているのか、何をブランドとして育てようとしているのかが、かなり素直に表れます。出願件数の増減を見るだけでなく、その中身まで見ていくと、商標戦略のヒントはまだかなり拾えます。
