すしざんまいを運営する株式会社喜代村と、日本酒を製造した株式会社高橋酒造店が、日本酒「喜び」について「よろこび」および「喜」の商標権を侵害したとして、大阪地裁が令和8年5月に3127万円余の賠償を命じました。全国的な知名度を持つ飲食店の専売品であっても、他社の登録商標と類似する名称の使用は商標権侵害となりうる、という事例です。本記事では、この判決から見えてくる商標運用の考え方を整理します。
出来事の経緯
原告は、和歌山県の初光酒造株式会社の代表者で、以下3つの商標権を保有していました。
- 登録第889339号「
」(昭和46年登録) - 登録第4938994号「よろこび」(平成18年登録、標準文字)
- 登録第5095211号「
」(平成19年登録)
いずれも指定商品は第33類の日本酒などです。初光酒造では、昭和48年頃から「よろこびの酒」などの名称で日本酒を製造販売してきました。
一方、被告株式会社喜代村は、東京を中心に全国46店舗(令和7年4月時点)のすしざんまいを運営し、被告株式会社高橋酒造店(秋田県)に依頼して、平成16年11月から令和6年9月まで、すしざんまいの専売品として日本酒「喜び」を製造販売していました。
被告製品は、毛筆様書体で縦書きに「喜び」と記載された商品ラベルを付し、瓶詰めで店舗に納入されました。店内のメニューには「喜び(小)」「喜び(300ml)」と表記され、公式サイトでも「すしざんまいオリジナル特別純米『喜び』」として紹介されていました。
原告は、被告らによる「喜び」の使用が商標権侵害にあたるとして、差止・抹消と1億円超の損害賠償を求めて訴訟を提起。大阪地裁は令和8年5月28日、令和6(ワ)12150号として判決を言い渡しました。
判断のポイント
判決の要点は4つに整理できます。
1つ目は、商標の類否判断です。裁判所は、「よろこび」と「喜び」について、平仮名か漢字かという外観の差はあるものの、「よろこび」の漢字表記が「喜び」であることは常識に属するとしたうえで、称呼(よろこび)と観念(喜ぶこと)が共通することを重視しました。「喜」と「喜び」についても、送り仮名や振り仮名の有無の差は微差にとどまるとして、いずれも類似すると判断しています。
2つ目は、先使用権の否定です。被告喜代村は、本件商標2および3の出願前から「喜び」を使用していたと主張しました。しかし、本件商標3の出願日である平成19年3月時点でも、被告すし店は約20店舗にとどまり、被告製品の売上高も月150万円程度でした。この規模では「需要者の間に広く認識されていた」とは認められないとされています。
3つ目は、共同不法行為の成立です。製造元の被告高橋酒造店と販売元の被告喜代村について、被告製品が被告喜代村の専売品として全量納入されていた事実などから、共同不法行為が成立するとしました。両社は損害の全範囲について不真正連帯債務を負うと判断されています。
4つ目は、損害額の算定です。裁判所は、平成16年12月から令和6年9月までの被告喜代村における被告製品の売上高(税込)を約15億6391万円と認定し、使用料率を2%として、3127万8308円の損害賠償を命じました。使用料率については、原告が5%、被告らが0.3%または2.8%と主張しましたが、裁判所は業界のロイヤルティ料率調査(平均2.8%)、原告商標の顧客吸引力、被告らの使用態様、競合関係などを総合考慮して2%と認定しています。
なお、被告喜代村は「喜代村」の頭文字を取って「喜び」と命名したと主張しましたが、裁判所は、被告メニューに「代」という日本酒も掲載されていた事実を踏まえつつも、そのような連想が取引上常に想定されるとはいえないとして、類似性の判断を左右しないと結論付けました。
この判決から得られる学び
商標運用の観点で意識しておきたい点が3つあります。
1つ目は、自社ブランドの知名度と商標権の関係です。被告喜代村は全国46店舗を展開する著名な飲食チェーンですが、自社の知名度が高くとも、他社の登録商標と類似する名称を使用すれば侵害となります。「自社の店舗で提供するのだから出所は明らかである」という主張は、判決では退けられました。
2つ目は、OEM製造における製造元のリスクです。被告高橋酒造店は、被告喜代村の依頼を受けて被告製品を製造する立場でしたが、共同不法行為が成立するとされ、販売元と連帯して損害賠償責任を負うことになりました。他社ブランドの受託製造であっても、その商品名が第三者の商標権を侵害しないかは、製造元自身で確認する意義があります。
3つ目は、長期使用による事後対応の難しさです。被告製品は平成16年から令和6年まで約20年間販売されていました。しかし、この期間の売上高が損害算定の基礎となり、多額の賠償につながっています。商品化の初期段階で商標調査を行っていれば、対応の余地はあったと考えられます。長く続けてきた事業ほど、後から見直すコストは大きくなります。
判決では、本件訴訟前の交渉段階で、被告喜代村が原告に対して本件商標権の譲渡や使用許諾を打診していた事実も認定されています。この事実は、被告側も類似性のリスクを認識していたことをうかがわせるものであり、使用料率の判断にも影響を与えたと考えられます。
まとめ
商品名を検討するとき、商標調査は事業を進める前の基本的な確認事項です。すでに販売を開始してから他社の商標権と衝突が判明した場合、名称の変更、在庫の処分、損害賠償など、対応のコストは大きくなります。
自社が有名だから、規模が小さいから、地理的に離れているから、といった事情は、商標権侵害の判断において決め手にはなりません。今回のように、称呼と観念が共通する商標については、外観の差だけで類似性を回避することは困難です。
サムライツ知財事務所では、新商品の商標調査から出願、既存商品の商標リスク確認、他社からの警告への対応まで、事業の実情に合わせたご相談を承っています。新しい商品名を検討中の方や、長年使用してきた商品名について改めて確認したい方は、お早めにご相談ください。
