「HANASUI」というローマ字表記の商標が、家庭用鼻水吸引器という指定商品との関係で、識別力を認められないと判断された事例です。知財高裁は令和8年6月に、商品の品質や用途を普通に表示するものにあたるとして、出願人の請求を棄却しました。本記事では、この判決から見えてくる商品ネーミングの考え方を整理します。
出来事の経緯
出願人であるHANASUI株式会社は、令和5年2月22日、「HANASUI」の欧文字をやや縦長でデザイン化された書体で横書きにした商標「
」を、第10類「鼻水吸引器」を指定商品として出願しました(商願2023-18341号)。
その後、拒絶理由通知を経て、令和5年11月に拒絶査定を受けました。出願人は令和6年3月に拒絶査定不服審判(不服2024-4080号)を請求し、指定商品を「家庭用鼻水吸引器」に補正しました。しかし特許庁は令和7年10月に審判請求を認めない旨の審決を下しています。
出願人は同年11月に審決取消訴訟(令和7(行ケ)10118号)を提起。争点は、商標法3条1項3号(品質・用途表示にあたるか)および同条2項(使用による識別力の獲得)への該当性でした。
出願人側は、フォントはデザイナーに依頼して制作したもので一般に販売されていないこと、丸みを帯びた柔らかな書体で商品のイメージを和らげていること、令和5年7月から販売を開始し累計売上約1億6500万円に達したこと、キッズデザイン賞を受賞したことなどを主張しました。
これに対して知財高裁は令和8年6月16日、出願人の請求を棄却する判決を言い渡しました。
判断のポイント
判決の要点は3つに整理できます。
1つ目は、「鼻吸い」という語の使用実態です。小児科や耳鼻咽喉科のウェブサイト、育児関連の情報サイトにおいて、乳幼児の鼻水を吸引器で吸い出す処置を「鼻吸い」と称する例が広く見られると認定されました。処置に用いる器具についても「鼻吸い器」「鼻すい器」などの表示が広く流通しており、単に「鼻吸い」と略称される例も少なくないと整理されています。
2つ目は、文字種の変換に関する取引の実情です。商品名や品質表示について、漢字や平仮名、片仮名を欧文字に変換して表記することは一般に広く行われていると認められました。この結果、「HANASUI」の欧文字は、需要者から見て「鼻吸い」の表音をローマ字表記したものと認識されるという判断につながっています。
3つ目は、デザイン化の程度についての評価です。丸みを帯びた書体は独自にデザインされたものではあっても、標章のデザイン化は商取引で広く行われている以上、取引者が一般的に使用する範囲を超える特殊なレタリングとまではいえないと判断されました。
なお、出願人は「花水」や「花吸い」など別の語を連想させる主張も行いましたが、これらの語の意味するところが不明であり、家庭用鼻水吸引器との関連で需要者が想起する事情も認められないとして退けられています。
使用による識別力の獲得についても、販売開始から審決時点まで約2年程度と期間が短いこと、流通経路がアマゾンと楽天市場に限られていること、市場占有率が約7.5%にとどまることなどから、全国的な認識には至っていないと判断されました。
この判決から得られる学び
商品名を検討する段階で意識しておきたい点が3つあります。
1つ目は、商品カテゴリーそのものを想起させる語は避けたほうが安全という点です。今回のように、業界で使われている略称や用途を示す語をローマ字表記した程度では、識別力を得ることが難しくなります。ローマ字にすれば固有名詞のように見えるかもしれませんが、需要者は日本語の意味に戻して受け取ります。
2つ目は、デザイン化による差別化には限界があるという点です。オリジナルフォントを起こしたとしても、それが「一般的に使用する範囲を超える特殊なもの」と評価されなければ、識別力の付与にはつながりません。デザインで解決しようとする発想は、慎重に検討する必要があります。
3つ目は、使用による識別力の獲得は容易ではないという点です。本件では2年間で売上1億6500万円、広告費3250万円、アマゾンのランキング1位獲得といった実績がありながらも、全国的な認識には至っていないと判断されました。使用実績で識別力を後から獲得しようとする戦略は、相当な規模とマスメディアを含む広範な広告宣伝が求められます。
一方で、判決は「原告の企業努力により、原告商品は、ベビー用品市場において、家庭用鼻水吸引器の一つとしてある程度の周知性を獲得しているものと推認し得る」とも述べています。事業としての成果と、商標登録要件としての識別力とは別の観点で評価される点にも留意が必要です。
まとめ
商品にどのような名前を付けるかは、ブランドを育てるうえで重要な選択です。ローマ字表記や書体の工夫だけでは、識別力の判断を乗り越えられない場合があります。特に、商品カテゴリーそのものや用途を想起させる語を使う場合には、事前の検討が欠かせません。
ネーミングの段階で、その語が業界でどのように使われているか、商標として登録できる可能性はあるか、代替案として何が考えられるかを整理しておくことが、後の事業展開を支えます。
サムライツ知財事務所では、ネーミングの検討段階から商標調査、出願、拒絶理由通知への対応まで、事業の状況に合わせたご相談を承っています。新商品の名称を検討中の方や、既存の商品名で商標登録の可能性を確認したい方は、お早めにご相談ください。
