結論:ありふれた氏であっても、特徴的な書体で表示され、その書体が著名商標として認識されている場合には、商標法3条1項4号に該当しないと判断されることがあります。
今回の「久保田」事件では、本願商標「久保田」について、商標法3条1項4号に該当しないとして、拒絶査定が取り消されました。
興味深いのは、本願の指定商品が第9類「自転車競技用ヘルメット」である一方、著名性が認められたのは、請求人の取扱いに係る商品「清酒」に使用されている「久保田」であった点です。
つまり、審決は、指定商品が清酒ではない場合でも、特徴的な書体から著名な清酒ブランド「久保田」が認識されるとみて、単なる姓氏表示ではないと判断したことになります。
目次
事案の概要
本願商標は「
」(商願2024-40433)です。
指定商品は、第9類「自転車競技用ヘルメット」です。
拒絶査定不服審判は、不服2025-7491です。
原査定では、本願商標が「ありふれた氏」を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として、商標法3条1項4号に該当すると判断されていました。
しかし審決では、本願商標は、特徴的な毛筆体で表された「久保田」であり、その書体をもって商品「清酒」に使用され、著名な商標と認められるとされました。
その結果、本願商標を指定商品「自転車競技用ヘルメット」に使用しても、需要者は単なる姓氏としての「久保田」ではなく、特徴的な書体から、清酒に使用されて著名な「久保田」を認識すると判断されました。
理由1 「久保田」は姓氏だが、表示態様に特徴があった
「久保田」は、姓氏として存在する文字です。
そのため、標準文字や一般的な書体で出願した場合には、「ありふれた氏」として商標法3条1項4号に該当する可能性があります。
しかし、本願商標は、単なる標準文字ではありませんでした。
審決では、本願商標について、
- 毛筆体の手書き風に書されている
- 「久」の文字が他の漢字より太く表されている
- 「保」の人偏がやや崩した特徴を有している
- 縦書きで全体として特徴的な印象を与える
といった点が指摘されています。
つまり、本願商標は、文字としては「久保田」であっても、見た目としては特徴的なロゴ商標として把握されるものだったわけです。
理由2 その特徴的な書体が「清酒」で著名だった
本件で特に重要なのは、単に書体に特徴があるだけではなく、その特徴的な書体の「久保田」が、請求人の取扱いに係る商品「清酒」に使用され、著名な商標と認められた点です。
審決は、本願商標を指定商品に使用した場合、取引者・需要者は、単なる姓氏である「久保田」を認識するというよりも、特徴的な書体から、請求人の清酒に使用されて著名な「久保田」を認識すると判断しています。
ここでは、姓氏としての意味よりも、特徴的な書体に蓄積されたブランド認識が重視されています。
つまり、「久保田」という文字そのものではなく、「この書体の久保田」が、出所識別標識として機能すると評価されたといえます。
理由3 指定商品が清酒でなくても識別力が認められた
本件でさらに興味深いのは、指定商品が「清酒」ではなく、第9類「自転車競技用ヘルメット」であった点です。
通常、著名性や使用実績は、指定商品との関係でどこまで考慮されるかが問題になります。
本件では、清酒に使用されて著名な「久保田」の特徴的な書体が、自転車競技用ヘルメットに使用された場合でも、単なる姓氏としてではなく、著名商標として認識されると判断されました。
これは、特徴的な書体と著名性がかなり強く結び付いていたためと考えられます。
言い換えると、需要者は「久保田」という姓を普通に表示したものとしてではなく、見慣れたあの筆文字ロゴとして受け取る、という評価です。
条件1 ありふれた氏でも登録されやすい場合
この事件からすると、ありふれた氏であっても、次のような条件がある場合には登録可能性があります。
特徴的な書体で表示されている場合
標準文字ではなく、筆致、線の太さ、崩し方、配置などに特徴があり、普通に用いられる表示方法とはいえない場合です。
本件では、「久」の太さや「保」の人偏の崩し方が具体的に指摘されています。
その書体で継続使用されている場合
特徴的な表示態様が、実際の商品や広告で継続的に使われていることも重要です。
単に一度デザインしただけではなく、その形で需要者に認識されている必要があります。
需要者がブランドとして認識している場合
「この書体の久保田といえば、あの商品だ」と需要者が認識している場合、単なる姓氏ではなく、自他商品識別標識として機能し得ます。
著名性が表示態様と結び付いている場合
文字そのものだけでなく、特徴的な書体やロゴの形が著名であることが重要です。
本件では、清酒に使用される特徴的な「久保田」の書体が著名と評価されました。
条件2 逆に登録が難しくなる場合
一方で、ありふれた氏を含む商標でも、次のような場合には登録は難しくなります。
標準文字で出願する場合
ありふれた氏を標準文字で出願すると、普通に用いられる方法で表示したものと見られやすくなります。
「久保田」という文字だけを標準文字で出願した場合には、本件と同じ結論になるとは限りません。
書体の特徴が弱い場合
多少筆文字風であっても、一般的な書体の範囲にとどまる場合には、普通に用いられる方法と判断される可能性があります。
著名性の証拠が弱い場合
販売実績、広告宣伝、使用期間、メディア露出、取引者・需要者の認識などが十分に示されなければ、著名商標として認められにくくなります。
指定商品との関係でブランド認識が及ばない場合
本件では、清酒で著名な書体が指定商品についても認識されると判断されました。
ただし、常に別分野の商品までその認識が及ぶとは限りません。
指定商品が大きく離れている場合には、需要者が本当にその著名商標を想起するのか、慎重な検討が必要です。
この事件から分かること
この事件が示しているのは、ありふれた氏であっても、表示態様と使用実績によっては、識別力が認められることがあるということです。
商標法3条1項4号は、ありふれた氏を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標を登録できないとする規定です。
しかし、本件では、
- ありふれた氏である「久保田」
- ただし特徴的な毛筆体で表示されている
- その特徴的な書体が清酒で著名である
- 需要者は単なる姓氏ではなく、著名商標として認識する
という事情が重なりました。
そのため、本願商標は「ありふれた氏を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」ではないと判断されたわけです。
次の判断に進むために見るべきポイント
ありふれた氏を含む商標を検討するときは、次の順番で見ると判断しやすくなります。
まず、その氏がありふれているかを確認する
姓氏としてどの程度一般に存在するかを確認します。
ありふれた氏であれば、標準文字での登録は難しくなりやすいです。
次に、表示態様に特徴があるかを見る
単なる文字表示ではなく、ロゴとして独自の特徴があるかを確認します。
線の太さ、崩し方、配置、筆致などが具体的に説明できるかが重要です。
さらに、その表示態様で知られているかを見る
文字そのものではなく、その書体・ロゴとして需要者に認識されているかを確認します。
最後に、指定商品との関係を確認する
使用実績のある商品と、出願する指定商品が同じか、近いか、離れているかを確認します。
別分野の商品であれば、その著名性がどこまで及ぶかを検討する必要があります。
まとめ
ありふれた氏であっても、特徴的な書体で表示され、その書体が著名商標として認識されていれば、商標法3条1項4号には該当しないと判断されることがあります。
「久保田」事件では、
- 本願商標は「久保田」の漢字を毛筆体の手書き風に縦書きしたものだった
- 「久」の文字が太く、「保」の人偏にも崩しの特徴があった
- その特徴的な書体は、請求人の清酒に使用されて著名な商標と認められた
- 指定商品は「自転車競技用ヘルメット」だったが、需要者は単なる姓氏ではなく、著名な「久保田」を認識するとされた
ことから、原査定は取り消されました。
この事例は、姓氏を含む商標でも、ロゴとしての特徴と使用実績があれば登録可能性があることを示しています。
ただし、これは標準文字の「久保田」が常に登録できるという意味ではありません。
重要なのは、その文字が普通の氏として見られるのか、それとも特徴的な書体によりブランドとして見られるのかです。
サムライツ知財事務所では、姓氏を含む商標や、特徴的な書体・ロゴ商標の登録可能性についてもご相談いただけます。
問い合わせる前に比較したい、比較したうえで標準文字で出すかロゴで出すかを検討したいという段階でも、早めに整理しておくと次の判断に進みやすくなります。
