2023年夏の不祥事で信用を失ったビッグモーターは、2024年5月1日に社名を「BALM」へ変更しつつ、新会社「WECARS」を同日立ち上げて全事業を承継。12月2日にはBALMが民事再生を申請し、負債と不祥事を清算会社に封じ込めました。
旧社名を捨てたうえで新商標を掲げる“二段階分離スキーム”──その狙いと商標戦略を、弁理士の視点で解説します。
目次
1. 事業譲渡+新商標で「負の評価」を切り離す
- 信用失墜リスクの分離
ビッグモーター本体(現:BALM)は負債処理を担い、営業・サービス部門は伊藤忠系の新会社 WECARSへ移管する二段階スキームを採用。旧商標を残したままでは「負債・不祥事=新会社」という連想が避けられないため、新商標を導入してネガティブ連想を断ち切る ことが不可欠でした。ちなみに、ビッグモーター時代の商標権などは、WECARSに引き継がれて(移転されて)はおらず、この点からも「完全に別の会社」としてスタートを切ったことがわかります。 - 再建スポンサーのブランド戦略
出資元の伊藤忠グループは「業界透明化」を掲げ、「お客様」と「従業員」の両方を指す「WE(私たち)」の文字を冠した“WE + CARS”をネーミングに採用。BtoCにぴったりな、消費者目線で発音しやすく、ポジティブな共感を誘う単語に置き換え、再出発をアピールしています。
2. 「WECARS」商標の法的メリット
- 識別力・登録性
- 「WE」「CARS」自体はありふれた英語ですが、結合させた造語は日常語ではなく、第35類(中古自動車小売等)等の分野で十分な識別力があると判断されやすい。
- 国際展開を視野に入れた語感
- ローマ字7文字で短く、海外ドメイン・SNSハンドルを確保しやすい。WIPOのマドプロ出願で一括保護もしやすい。
- 商標“汚染”リスクの回避
- 「BIGMOTOR」は不祥事報道で毀損・希釈化(dilution)し、想起されるイメージが長期的価値を下げる恐れがあるため、ブランド切替は合理的。
3. 実務上のチェックポイント(再建・リブランディングを検討中の企業向け)
手続き | 主な留意点 | おすすめアクション |
---|---|---|
商標調査 | WECARSと類似する先願・周知商標の有無 | J-PlatPat+海外Databaseで「WECARS」等を一括検索 |
商標出願 | まず日本で出願(必要性が高まれば主要市場(アジア・北米)に出願) | ①第35類 中古車小売 ②第36類 中古車売買の媒介 ③第37類 自動車の整備 等 |
移行告知 | 旧ブランド利用期間を明確化(例:1年) | デュアル表示期間を設けつつ新商標へ段階的に誘導(ただし、本件のように不祥事のイメージが強い場合は、すぐに新商標に切り替える方がいい場合もある) |
Web/SNS整合 | ドメイン・アプリ名・SEOリダイレクト | 旧サイトから 301リダイレクト、SNSハンドルも同時変更 |
4. まとめ:不祥事後の「商標切替」は損切りと同じ
- 信用を回復するには「名前を変える」だけですべてうまくいくわけではない。 同時に、
1) 経営陣の刷新
2) コンプライアンス体制の開示
3) 消費者メリットを示す新サービス
が三位一体で進むとき初めて新商標が資産になります。 - 大手であってもネガティブ連想が強い場合、社名・ブランド名を切替える機動力が優先される好例として、WECARS事例は今後のリブランディング指針になるでしょう。
商標は「会社の顔」。トラブルで顔が傷ついたとき、“整形”ではなく 「顔を取り替え、新しい人格を伴わせる」 のが今回の戦略です。リスクを抱えるブランドをお持ちの経営者の方は、税務・法務・マーケティングと併せて 商標の“信用コスト” を再計算してみてください。