商標権を持っていれば、同じ名称を使う相手に対して、いつでも差止めや損害賠償を求められる。
一見すると、そう思いがちです。
たしかに、商標権は強い権利です。登録された商標と同一又は類似の標章(マーク)が、指定商品・指定役務またはこれらに類似する範囲で使われていれば、形式的には商標権侵害が成立し得ます。
ただ、実際の裁判では、それだけで当然に請求が認められるとは限りません。
今回取り上げる「ゴミサー」事件は、そのことをよく示しています。
東京地裁令和5年(ワ)70505号では、
原告商標「ゴミサー」(登録第5769618号)と、
被告が使用していた標章「
」とが問題になりました。
商標自体は同じです。
それでも裁判所は、原告の商標権行使を権利の濫用として許さず、請求を棄却しました。
何が争われたのか
この事件で原告は、被告が業務用生ごみ処理機に「ゴミサー」の標章を付して販売するなどしていることが、原告の商標権を侵害すると主張しました。
そのうえで、
- 商標法36条1項・2項に基づく差止め
- 侵害品等の廃棄
- 民法709条に基づく損害賠償
を求めています。
つまり、典型的な商標権侵害訴訟の形です。
商標権者として、相手の使用を止めさせ、損害の回復も求めるという構図です。
それでも請求は認められなかった
ところが、裁判所は原告の請求を認めませんでした。
理由は、被告による「ゴミサー」の使用実態にあります。
裁判所は、被告が自社で開発した商品の商品名として「ゴミサー」という造語を採用し、その後20年以上にわたり被告商品にこの標章を付して使用してきたことを重視しました。
つまり、被告にとって「ゴミサー」は、後から便乗的に使い始めた名称ではなく、自社商品に長年使ってきた名称だったわけです。
この事情を前提に、裁判所は、
- 「ゴミサー」の標章に化体した信用が誰に帰属するのか
- 原告の出願から権利行使に至るまでの経緯
- 被告における標章の利用状況
- そのほか本件に現れた一切の事情
を総合的に見たうえで、原告の商標権行使は権利の濫用として許されないと判断しました。
「権利の濫用」とは何か
ここで出てくる「権利の濫用」という言葉は、少し抽象的に見えるかもしれません。
簡単に言えば、形式的には権利があるとしても、その行使の仕方や背景事情に照らして、公平に見て認めるべきでない場合があるという考え方です。
商標権は、登録によって発生する法的な権利です。ですから、登録があり、相手がその範囲内で同じような標章を使っていれば、形式上は侵害が問題になります。
ただ、裁判所はそれだけで判断は下しません。
その商標が実際には誰の信用のもとで使われてきたのか。
どのような経緯で出願されたのか。
その権利行使は、公平な保護として認めるのが相当なのか。
こうした事情まで見て、結論を調整することがあります。
その典型が、権利の濫用です。
この事件で裁判所が見たもの
この事件で特に大きかったのは、被告が20年以上にわたって「ゴミサー」を使ってきたという事実です。
商標は単なる文字の問題ではなく、その標章にどのような信用が積み上がってきたかが重要です。長年その名称で商品を販売し、需要者に認識されてきたのであれば、その名称には現実の営業上の信用が宿っています。
裁判所は、その信用の帰属を無視して、形式的な商標登録だけを盾に差止めや損害賠償を認めるのは相当でないと見たのだと思われます。
特に本件では、原告の出願から権利行使に至る経緯も含めて検討されている点が重要です。
単に「登録があるか」「侵害の形に当たるか」だけではなく、その登録や権利行使がどのような文脈の中に置かれているのかが見られています。
商標権は強いが、万能ではない
この事件から分かるのは、商標権が強い権利である一方で、どんな場面でも無条件に通るわけではないということです。
とくに、相手方がその名称を長年継続して使ってきた事情があり、その標章に実際の信用が積み上がっている場合には、登録商標だからといって単純に排除できるとは限りません。
もちろん、だからといって「長く使っていれば大丈夫」という話でもありません。通常は、登録商標の権利範囲に入る使用であれば、侵害が成立する可能性は十分あります。
ただ、本件のように特殊な事情が重なると、最終的な権利行使そのものが制限されることがある、ということです。
実務的に見ると何が大事か
この事件は、商標実務において二つのことを示しているように思います。
一つは、登録だけを見て安心しないことです。
商標登録はもちろん重要ですが、現実の使用実態や相手方との関係、名称の成り立ちなどによっては、思ったような権利行使ができないことがあります。
もう一つは、使ってきた実績や経緯が非常に重要だということです。
商標は出願書類の上だけで存在するものではなく、市場でどう使われ、誰の信用が乗ってきたかが強く問われます。長年の使用実績は、ときに裁判所の評価を大きく左右します。
つまり、商標は「登録」と「使用」の両方で見ていく必要があるということです。
この事例から学べること
「自分が登録したのだから止められるはずだ」と思っていても、実際にはそうならないことがあります。
逆に、「相手が登録しているからもう無理だ」と思っても、事情によっては争う余地が残ることもあります。
本件は、形式的な侵害の有無だけでなく、
- 標章に化体した信用の帰属
- 長年の使用実態
- 出願や権利行使の経緯
- 個別事情全体の公平性
が大きくものをいうことを示しています。
商標の争いは、条文の当てはめだけで終わるものではありません。
現実のビジネスの中で、その名前がどう育ち、誰のものとして認識されてきたのか。そこまで含めて見られることがあります。
まとめ
「ゴミサー」事件では、原告商標と被告標章が同じ「ゴミサー」であり、形式的には商標権侵害が問題となる事案でした。
しかし、裁判所は、被告が自社開発商品について20年以上にわたり「ゴミサー」を使用してきたことなどを重視し、「ゴミサー」の標章に化体した信用の帰属や、出願から権利行使に至る経緯、被告における利用状況などを総合考慮した結果、原告の権利行使は権利の濫用として許されないと判断しました。
この事例は、商標権があっても、その行使が常に認められるわけではないことを示しています。
商標の世界では、形式だけでなく、経緯や使用実態、公平性まで見られることがあるという点は、やはり押さえておきたいところです。
商標は、登録しているかどうかだけでなく、実際にどう使われ、どんな経緯で権利化されたのかまで問われることがあります。商標権侵害の主張がどこまで認められるのか不安がある場合や、長年使ってきた名称を守れるか気になる場合は、サムライツ知財事務所に相談してみてください。登録と使用の両面から、実務に即して整理できます。
