商標出願では、出願後に商標の態様を変える補正をすると、要旨変更として却下されることがほとんどです。
そのため、「文字の見せ方を少し直したい」と感じたとしても、商標の補正は思っている以上に慎重さが求められます。
ただ、今回の事例は、その中でも少し興味深いケースです。
問題となったのは、出願商標の
- 補正前:「M I D S」
- 補正後:「MIDS」
という変更です。
一見すると、単に文字間のスペースを削除しただけにも見えます。ですが、商標実務では、こうした見た目の違いが別の商標と評価されることもあります。
ところが、本件では最終的に、この補正は要旨変更には当たらないと判断されました。
補正却下を争った審判、補却2025-500001の事例です。
目次
何が問題になったのか
本件の争点は、出願商標の態様変更に係る補正が、商標の要旨を変更する補正に当たるかどうかです。
商標法上、願書に記載した商標について、後からその要旨を変更する補正をすることは認められていません。もし要旨変更と判断されれば、その補正は却下されます。
※参考記事:「補正が認められない!?商標の”補正却下”を避けるコツと不服がある時の対応方法」
ここで難しいのは、どこまでが単なる訂正で、どこからが別の商標への変更になるのか、という線引きです。
今回の事例は、その境目が問われたものといえます。
事案の経緯は少し複雑
この案件は、もともと分割出願に関する問題を含んでいました。
原出願である商願2023-101355に係る商標の態様は、「MIDS」(標準文字)でした。ところが、そこからの分割出願である商願2024-071157では、商標の態様が「M I D S」(標準文字)となっていました。
ここで問題が生じます。
分割出願は、原出願と同一性が認められることを前提に、原出願の出願日にさかのぼる利益を受けられる制度です。ところが、分割出願に係る商標が「M I D S」で、原出願商標が「MIDS」である以上、両者の同一性が否定されることになりました。
その結果、分割の利益、つまり原出願日にさかのぼる効果が得られなくなってしまいました。
すると何が起きるかというと、原出願日後、分割出願日前に出願された他人の商標も、新たに拒絶理由として問題になってきます。実際、本件でも、原出願の段階よりも引用商標が増える形で、商標法4条1項11号の拒絶理由通知を受けることになりました。
出願人は補正で“治癒”を図った
この状況を受けて、出願人は分割出願の商標「M I D S」を、原出願と同じ「MIDS」に補正しようとしました。
狙いは明確です。
分割出願における商標の表記上のずれを直し、本来の分割出願としての形に戻すことです。
つまり、「まったく別の商標に変えたい」という話ではなく、分割出願における瑕疵を訂正して、原出願との整合をとろうとしたものと理解できます。
ところが、審査段階ではこの補正が要旨変更に当たるとして却下されました。そこで出願人は、その補正却下を不服として審判を請求したわけです。
審判で示された判断基準
審決では、まず要旨変更の判断基準として、「一富士事件」(東高裁平成9年(行ケ)第39号)の考え方が引用されています。
要するに、願書記載の商標についてした補正が要旨変更に当たるかどうかは、商標としての同一性を実質的に損なうか、そして第三者に不測の不利益を及ぼすおそれがあるかによって判断される、という考え方です。
しかも、その判断は単純に見た目だけで決めるのではなく、
- 外観
- 称呼
- 観念
を総合的に比較し、全体的な考察のもとで判断すべきとされています。
この枠組み自体は、商標実務では比較的オーソドックスです。今回も、その基準に沿って「M I D S」と「MIDS」が比較されました。
「M I D S」と「MIDS」は実質的に同一とされた
審決は、補正前の商標「M I D S」と補正後の商標「MIDS」について、観念面では比較できないとしつつも、称呼は共通し、外観上も極めて酷似した印象を与えると判断しました。
たしかに、両者の違いは文字間にスペースがあるかどうかだけです。
読むときにはどちらも通常「ミッズ」あるいはそれに近い同一の称呼で把握されるはずであり、その差が称呼や観念に影響するとは考えにくい、というのは自然です。
さらに審決は、両者の相違は字間の幅の違いという点に限られるとし、この差異は商標全体の同一性を実質的に損なうものではないとしました。
ここだけを見ると、「まあ、そうだろう」と思える結論ですが、本件ではそれに加えて、分割出願という文脈がかなり重視されています。
分割出願であることが大きく効いている
審決が特に注目しているのは、本願が分割出願であり、出願時から原出願商標と同一の構成からなる「MIDS」をもって出願する意思があったことです。
つまり、今回の補正は、新しい商標に切り替えるためのものではなく、分割出願時の誤記を訂正するものと理解できる、ということです。
この点はかなり重要です。
もし通常の出願で、後から都合よく別の表記に差し替えようとしているように見えれば、第三者に不測の不利益を与えるおそれも問題になりやすくなります。ですが本件では、もともと原出願が「MIDS」であり、分割出願でも本来それと同じ商標で出願する意思があったことが明らかとされたため、補正の性質が単なる訂正に近いものとして捉えられました。
その結果、審決は、この補正によって商標としての同一性が実質的に損なわれるとはいえず、第三者に不測の不利益を及ぼすおそれもないとして、要旨変更には当たらないと判断しました。
この事例をどう見るか
この判断は、かなり妥当だと思われます。
もともと原出願が「MIDS」であり、分割出願の「M I D S」がそれとずれてしまっている以上、実質的にはその瑕疵を直すための補正とみるのが自然だからです。
また、補正前後の商標を比べても、取引者や需要者に与える印象は非常に近く、文字間スペースの有無だけで別個の商標とみるのはやや形式に過ぎる場面もあります。
もちろん、だからといって常にスペース削除が許されるわけではありません。商標の構成や表記態様によっては、スペースの有無が外観や把握の仕方に大きく影響する場合もあります。とくに複数語からなる商標では、スペースの有無が語のまとまりや意味の認識に関わることもあります。
そのため、本件を一般化して「スペースを消す補正なら大丈夫」と考えるのは危険です。
実務上のポイントは“補正の文脈”にもある
この事例が示しているのは、要旨変更かどうかの判断が、単なる文字面の比較だけでなく、補正の文脈や経緯も含めて見られることがある、という点です。
本件では、
- 原出願は「MIDS」だった
- 分割出願で「M I D S」となっていた
- 補正はそのずれを直すためのものだった
- 第三者に不測の不利益を及ぼす事情も見当たりにくかった
こうした事情が重なって、補正が許容されました。
商標実務では、見た目の差だけで機械的に結論が出るわけではありません。むしろ、補正によって本当に別の権利範囲に変わるのか、それとも誤記や表記ゆれの訂正にとどまるのかが丁寧に見られます。
まとめ
「M I D S」から「MIDS」への補正が問題となった補却2025-500001では、補正前後の商標は称呼を共通にし、外観上も極めて酷似しており、差異は文字間のスペースの有無にすぎないこと、さらに本件が原出願「MIDS」を前提とする分割出願であり、誤記訂正の文脈が明らかだったことなどから、要旨変更には当たらないと判断されました。
商標の補正は厳しく見られがちですが、それでも今回のように、実質的同一性が保たれており、第三者に不測の不利益を与えないと評価されれば、補正却下にならないことがあります。
とはいえ、これは個別事情に強く左右される論点です。とくに分割出願や標準文字商標では、わずかな表記差が後から思わぬ問題になることもあります。
分割出願や商標補正は、少しの表記差でも結果が大きく変わることがあります。出願後の補正が要旨変更になるか迷ったときや、分割出願の整合性に不安があるときは、早めにサムライツ知財事務所に相談しておくと安心です。実務の流れを踏まえて、取り得る対応を整理できます。

