商標の類否判断では、「読み方が同じなら類似」と考えられがちです。
実際、称呼が共通することは、類似判断において大きな要素になります。とくに日本語の取引の現場では、商標が口頭で伝えられる場面も多く、読み方の近さは無視できません。
ただ、実務ではそれだけで結論が決まるわけではありません。今回の拒絶査定不服審判(不服2024-19202)は、そのことをよく示しています。
本願商標は「
」(商願2023-59733)。
これに対して引用商標は、
の3件でした。
一見すると、「CYRECO」から「サイレコ」という称呼が生じるのであれば、少なくとも引用商標とは類似しそうにも見えます。ところが、審判では最終的に非類似と判断されています。
目次
本願商標からは複数の称呼が生じるとされた
今回の判断でまず重要なのは、本願商標「CYRECO」が特定の意味合いを持つ語ではなく、造語と解された点です。
そのうえで、審決では本願商標から
- シレコ
- シーレコ
- サイレコ
という複数の称呼が生じると認定しました。
つまり、「CYRECO」は必ずしも一つの読み方に固定されるものではなく、複数の自然な呼び方があり得る商標だと見られたわけです。
一方で、引用商標①「サイレコ」、引用商標②「sai reco」、引用商標③「サイ レコ」も、いずれも特定の意味を持たない造語と解され、観念面では比較できないとされました。
一つの称呼が共通しても、それだけでは類似とされなかった
ここが今回のポイントです。
本願商標と引用商標は、本願商標から生じ得る複数の称呼のうちの一つである「サイレコ」において、たしかに共通します。
ただ、審決はそれだけで類似とはしませんでした。
本願商標からはそれ以外に「シレコ」「シーレコ」といった称呼も生じ、それらは引用商標の称呼とは明瞭に聴別できるとされました。さらに、外観についても、「CYRECO」と「サイレコ」「sai reco」「サイ レコ」では明確に区別できるとされています。
その結果、外観・称呼・観念を総合し、商標が取引者・需要者に与える印象や記憶などを全体として見れば、役務の出所について誤認混同を生じるおそれはなく、非類似の商標というのが相当であると判断されました。
「読みが一部一致する=類似」とは限らない
この事例から見えてくるのは、商標の称呼判断が以前より少し繊細になってきていることです。
近年は、複数生じる称呼のうちの一つが引用商標と一致する場合でも、他に異なる称呼が自然に生じることを積極的に評価して、非類似と判断するケースが見られます。
つまり、かつてのように「共通称呼が一つでもあれば、かなり危ない」と単純には言いにくくなっています。
もちろん、称呼の共通は依然として重要です。ただし、その共通が商標全体の印象をどこまで支配するのか、他の自然称呼がどれだけ明確に異なるのか、外観差がどの程度強いのか、といった点まで含めて判断される傾向が強まっているように見えます。
専門家の中でも見方が分かれるところ
もっとも、この考え方には異論もあります。
専門家の中には、「複数の自然称呼のうちの一つが共通するのであれば、称呼は類似するとみるべきであり、外観や観念の差異が特に強く印象に残るような事情がない限り、商標全体としても類似と判断すべきだ」という見解もあります。
この見方に立てば、今回のように「サイレコ」という共通称呼がある以上、より慎重に類似性を認める方向で考える余地もあります。
実際、この論点は実務上かなり悩ましいところです。称呼をどの程度重く見るか、複数称呼のうち一つの一致をどこまで評価するかによって、結論が動くことがあるからです。
本件では個別事情も影響していた可能性がある
今回の判断では、商標そのものの比較だけでなく、周辺事情も少なからず影響していた可能性があります。
たとえば、引用商標①から③は同一権利者に係る商標であり、引用①「サイレコ」の欧文字表記として自然に想定されるのは、むしろ「saireco」です。
そうすると、「サイレコ」という称呼から直ちに「CYRECO」というつづりが想起されるとは言いにくい面があります。
この点は、外観上の隔たりをより強く感じさせる事情として働いたかもしれません。
つまり、単に「読みが同じかどうか」だけでなく、「その称呼に対応する欧文字表記として自然かどうか」という感覚も、全体の印象に影響していた可能性があります。
審尋後に指定役務も絞り込まれている
この案件では、審判の途中で審尋が出され、当初は少なくとも引用商標①とは類似するという暫定的見解が示されていました。
しかし、その後に指定役務の補正と回答書での主張が行われ、最終的には引用①とも類似しないという判断に至っています。
また、審尋後の補正によって、引用各商標との抵触類似群は42P02、42X11に絞られました。そして、抵触し得る指定役務についても、「ECサイト及びふるさと納税」に関する分野に限定することで、引用側の「人事・労務及び行動・活動の分析」などの役務とは類似しない旨の主張がされていました。
審決ではこの役務の点に特段の言及はありませんが、少なくとも審判全体の流れとしては、商標の比較だけでなく、指定役務の整理も丁寧に進められていたことが分かります。
この事例から学べること
今回の事例が示しているのは、商標の類否判断はやはり総合判断だということです。
- 一つの称呼が共通している
- しかし他にも異なる自然称呼がある
- 外観ははっきり異なる
- 観念は比較できない
- 役務の整理も進められている
こうした事情を全体として見たうえで、最終的な非類似判断が導かれています。
感覚的には、「読みが同じだからダメ」「つづりが違うから大丈夫」といった単純な整理では追いつかない場面が増えているとも言えます。
とくに欧文字商標では、どの称呼が自然に生じるかが一つに定まらないことも少なくありません。その場合、一部の称呼一致だけを取り出して結論を急ぐのではなく、複数の読みの自然性や、外観差まで含めて冷静に見ていくことが大事です。
まとめ
「CYRECO」と「サイレコ」等の事例では、本願商標から「シレコ」「シーレコ」「サイレコ」という複数の称呼が生じ、そのうちの一つが引用商標と共通していたとしても、他の称呼では明瞭に聴別でき、外観でも明確に区別できることなどから、全体として非類似と判断されました。
この事例は、先行商標と読み方が一致する場合があっても、それだけで直ちに類似とは限らないことを示しています。
一方で、これは常にそうなるという意味ではありません。共通称呼の重みをどう見るかは、商標の構成や外観差、観念の有無、役務の関係などによって変わります。
だからこそ、称呼の一部一致だけで安心するのも危険ですし、逆にそれだけで諦める必要もありません。商標は、全体をどう評価するかで結論が変わることがあります。
似た読み方の先行商標が見つかったときでも、出願の可能性が本当にないとは限りません。称呼、外観、観念、指定役務をどう整理すべきか迷ったら、早めにサムライツ知財事務所に相談してみてください。見落としやすい論点も含めて、実務に沿って検討できます。
