「識別力がないから拒絶」
=「誰も登録できない」
……とは限りません。
この記事では、いったん拒絶された商標が、後から他人に登録されてしまった実例(音楽マンション事件)をもとに、
“やってはいけない油断”と現実的な備え方を短く整理します。
目次
まず結論:拒絶された商標でも、未来に“他人のもの”になることがある
商標には拒絶理由があり、代表がこの2系統です。
- 早い者勝ち(4条1項11号):先に出願した人が有利
- 識別力(3条1項):普通名称・説明的だと登録されない
ここで多い誤解がこれ。
3条(識別力なし)で拒絶された
→ “誰も登録できない”はず
→ 安心して使用しよう
しかし…安心できないケースが実際に起きています。
「識別力なし(3条)」って何?
ざっくり言うと、目印になれない商標です。
典型例(イメージ)
- 指定商品:りんご
商標:「APPLE」「青森産」「レッド」
これだと「ただの説明」になってしまい、
誰か1社に独占させると不公平になり得るので、登録が難しくなります。
【実例】音楽マンション事件:何が起きたのか
ここからが本題です。
時系列で見ると怖さが一発で分かります。
① 2002年:A社が「音楽マンション」を出願(先願)
- 商願2002-073996
- 役務:マンションの貸与 等(第36類)
- まだ同一・類似の先行商標はなし
→ 早い者勝ちの土俵ではA社が先
② しかし:特許庁が「識別力なし」で拒絶
特許庁は、
- 「音楽の演奏が可能なマンション」という
キャッチフレーズ的な意味合いにとどまる
→ 識別力がない(3条1項6号等)
として拒絶理由通知。
A社は意見書で反論したものの通らず、
拒絶査定が確定しました。
③ 2014年:B社が同じ「音楽マンション」で登録に成功
ここが恐怖ポイント。
- B社が同じく第36類の範囲(役務:建物の貸与 等)で出願(商願2013-34466)
- 拒絶理由通知は来たが、反論で解消
- 結果:登録査定 → 商標登録(登録第5675530号)
つまり……
A社は拒絶で終わったのに
B社は登録できた
さらに怖い:A社が使い続けると“侵害”になり得る
A社はもともと自社でその名称を使っていたわけです。
でも、B社が登録した以上、
- そのまま放置すると
商標権侵害のリスクが出てくる
A社は当然納得できず、B社登録の無効を求めて争いました。
裁判の結論:「A社が悪い」寄りで決着
A社は「過去に拒絶したのに登録するのはおかしい」と主張。
しかし裁判所は要旨こう判断しました。
裁判所のロジック(図解っぽく)
- そもそも「音楽マンション」は
3条1項6号に当たらない(登録できる余地がある)
↓ - だからA社の拒絶査定は
判断が誤っていた可能性が高い
↓ - ならA社は
拒絶査定不服審判で争うべきだった
↓ - それをしなかった以上、A社の主張は通らない
結果、B社の登録は維持されました(平成28年(行ケ)第10191号)。
この事件が教える「危険な思い込み」
危ないのはこの発想です。
「識別力なしで拒絶」
=「将来もずっと誰も登録できない」
現実には、
- 審査官が変わる
- 提出資料や主張の組み立てが変わる
- 判断が揺れる(=通ることがある)
ということが起こり得ます。
では、どう備える?(実務の打ち手3つ)
1) 拒絶理由通知が来たら、まず“妥当性”を精査する
- 法律
- 審査基準
- 過去の審査例
と照らして、拒絶が妥当か検討。
「ダメでした」で思考停止しない。
2) 失当の可能性があるなら、中間対応(意見書)で反論する
ここは経験で差が出ます。
説得できるロジックと証拠の出し方が重要です。
3) それでも拒絶査定なら、“不服審判”を検討する
審査は基本1人。
不服審判は3人の合議。
判断が変わる可能性が上がります。
(さらに不満があれば、審決取消訴訟へ進む道もあります)
ただし、費用の負担がかなり大きくなるため、現実的には事業規模の小さい企業や個人事業主だと、ここで断念してしまうことが多いのではないでしょうか。
もっと安全にいくなら:ロゴ等との組み合わせも有効
そこで、識別力が弱いおそれがあるなら、
- 文字だけで勝負しない
- ロゴなど識別力のある要素と組み合わせて出願する
という設計も現実的です。
この場合、ロゴ等との組み合わせで商標登録されれば、少なくともその組み合わせからなる商標については安心して使うことができるからです。
また、場合によっては、その組み合わせからなる商標が、後から出願される他者の類似商標を、審査で拒絶にできる可能性もあります。
まとめ:拒絶=終わり、ではない。むしろ“ここから”が怖い
- 拒絶された商標が、後から他人に登録されることがある
- いざ起きると、使い続ける側が不利になり得る
- だからこそ
拒絶理由通知 → 反論 → 不服審判までを視野に入れて判断する - 場合によっては、ロゴなど識別力のある要素と組み合わせて新規に出願をし直す
この記事を読んで、
「うちも似た状況かも…」と少しでも思ったなら、それは正常な反応です。
商標は、手続きの一手の差で未来が変わることがあります。
いまの段階でできる選択肢を、いっしょに整理しましょう。
- いまの拒絶理由が妥当か
- 反論するなら何をどう出すか
- 争う価値があるか(費用対効果)
- 名前を守る現実的な設計(別出願・ロゴ等)
「まだ依頼するか未定」でも大丈夫です。
まずは状況だけ聞かせてください。
