先発医薬品のブランドに関わっていると、ふとこんな疑問が浮かびやすいと思います。
- 「この販売名を商標登録しておけば、ジェネリック(後発医薬品)には同じ名前を使わせないでしょ?」
- 「一般名(INN/JAN)と商品名って、どこまで商標で守れるの?」
- 「そもそも、医薬品の名前ってどういうルールで決まっているんだろう?」
結論からいうと──
商標登録しても、「一般名ベースのジェネリック名」を完全にコントロールすることはできません。
ただし、先発品の「販売名(ブランド名)」レベルでは、防衛できる範囲がはっきりあります。
この記事では、
- 医薬品の「名前」の3階層
- 先発品の商標とジェネリック名の関係
- 商標で止められるライン/止められないライン
- 先発側が現実的にとれるブランド戦略
を整理して解説します。
目次
1. 医薬品の「名前」は3階層でできている
まず、医薬品の名前はざっくり次の3つのレイヤーで考えるとスッキリします。
① 一般的名称(INN/JANなど)
- 医薬品国際一般名称(INN)、日本医薬品一般的名称(JAN)など
- 例:アセトアミノフェン、アモキシシリンなど
これは「成分そのものの名前」であり、
業界全体で誰でも使える言葉です。
これを商標権を取得して独占することは、制度上認められません。
② 販売名(商品名・ブランド名)
- 各社が独自につける「商品名」「ブランド名」
- いわゆる先発品のブランド名はここ
- 例:「◯◯錠」「△△カプセル」など、造語を含む名称
ここには商標が関わります。
多くの製薬企業が、ここを商標登録してブランドを守ろうとします。
③ 一般名+会社名・剤形・規格など
- 一般名をベースに、剤形・含量・会社(メーカー)名を付けた形式
- 例:「アセトアミノフェン錠200mg『◯◯』」「デキサメタゾン錠0.5mg『△△』」
⇒◯◯や△△にはメーカー表記が入ります
- 例:「アセトアミノフェン錠200mg『◯◯』」「デキサメタゾン錠0.5mg『△△』」
これは「ジェネリック(後発医薬品)の名前の付き方」としての業界ルールがあり、
一般名(成分名)を中心に構成されるのが原則です。
メーカー表記の部分以外は商標登録できません。
2. 商標で守れるのは「先発品の販売名レベル」
製薬企業が商標登録するのは、主にこの② 販売名(ブランド名)(先発品メーカーの場合)の部分と、③の中のメーカー表記(後発品メーカーの場合)の部分です。
● 商標登録の典型パターン
- 完全な造語の販売名
- 一般名をもじった造語+ブランド要素の組合せ など
この場合、
- ジェネリックが同じ販売名を名乗ることは、商標権侵害になり得る
- 混同を招くような類似ブランド名も、差止めの対象になり得る
という意味で、
「販売名レベルでは、ジェネリックに“同じ名前”を使われないようにする効果はある」
といえます。
3. 商標登録で「ジェネリックの名前を完全に封じる」ことはできない
よくある誤解がこちらです。
「先発品の名前を商標登録しているんだから、
ジェネリックも似た名前は一切使えないでしょ?」
これは 半分正解 です。
- ◎ 先発品の“ブランド名”として登録している部分には、商標権がきちんと働く
- ✕ しかし、一般名(成分名)+剤形+規格+会社名 という
“ジェネリックの命名ルール”全体をコントロールすることはできない
なぜかというと、
- 一般名は「誰もが使えるべき、公共性の高い名称」
- 商標法上も「一般名称・成分名そのもの」は、原則として商標登録の対象外(自他商品識別機能がない)
という前提があるからです。
4. 実務的にどこまで止められて、どこから先は止められないのか
止められる可能性が高いもの(販売名レベルのパクリ)
先発品のブランド名と同一・類似の名前を、 ジェネリックが「販売名」として使おうとするケース です。
例:
- 先発品:
- 販売名:ロキソニン®錠(商標登録第1861751号他)
- ジェネリック側が検討している名称例:
- 「LOXONIN錠」
- 「ロキソニン錠」
- 「ROXONIN錠」
- 「ロキソミン錠」 など
このような場合は、
- 商標権侵害として争う余地がある
- そもそも薬事審査の段階で「紛らわしい名称」として却下されることもある
ので、先発品の販売名はある程度しっかり守りやすいといえます。
ただし、商標登録されていないと十分に保護されません。
ちなみに、「ロキソニン(成分名:ロキソプロフェン)」を開発し特許と商標も保有していた第一三共とは異なるメーカーにより、「ロキソミン」という類似商標が出願されましたが、審査で拒絶された例もあります(商願2013-098674号)。
止めるのが難しいもの(一般名ベースのジェネリック名)
一方で、例えばこんなケースです。
- 一般名:アセトアミノフェン
- 先発品ブランド名:「カロナール®」
- ジェネリック販売名:
- 「アセトアミノフェン錠200mg『△△』」
このとき、
- 一般名「アセトアミノフェン」は誰もが使える成分名
- 「アセトアミノフェン錠200mg『△△』」は、
一般名をベースにした “ジェネリック命名ルール”に沿った名前
なので、
これを商標権だけで止めるのは基本的に難しい というのが実務的な結論です。
5. 「ジェネリックに一般名を使わせたくない」はそもそも無理筋
特許と商標を一緒くたに考えてしまうと、こういう発想になりがちです。
「うちが開発した薬なんだから、
特許が切れても、一般名くらいは自由に使わせたくない…」
でも、制度設計の本来の趣旨からいうと、
- 特許期間中は「成分・製法・用途」を独占して良い
- 特許が切れたあとは、他社も同じ成分で製造・販売できる
- その際に、その成分を示す 一般名を自由に使えることが前提
という構造になっています。
なので、
- 一般名レベルの名称を商標で独占して、
- ジェネリックに成分名さえ使わせない
というのは、商標法の枠組みを超えた「過度の独占」 になってしまうわけです。
6. 先発側がとるべき現実的な戦略
もしあなたが 先発側の立場 なら、
商標戦略として現実的なのは次の3つです。
① 造語としての「販売名」をきちんと商標登録しておく
- 一般名寄りの“説明的な名前”は避ける
- 覚えやすく、造語性があり、“ブランドらしい”販売名 を設計する
- そのうえで、第5類(医薬品)で商標登録しておく
→ これによって、
- ジェネリックが先発品と 同じ/紛らわしい販売名をつけることを牽制しやすい
- 医師・薬剤師・患者のいずれにとっても、「あの薬」として思い出してもらいやすい
という効果が期待できます。
② ロゴ・シリーズ名なども含めて「ブランド体系」を固める
単に販売名だけを守るのではなく、
- ロゴマーク(図形・文字の組合せ)
- シリーズ名(ラインの呼び名)
- コーポレートブランド名(ハウスマーク)
なども、
- 文字商標
- 図形商標
- 結合商標
として押さえておくと、
名前だけでなく「見た目」や「系列感」も含めたブランド全体を守りやすくなります。
③ ジェネリックを「排除する」のではなく、“ブランドで勝つ”発想に切り替える
ジェネリックの存在は制度上避けられないので、
- 価格競争だけの世界で戦うのではなく、
- 先発ならではの
- ブランド名
- 情報提供
- 実績
をセットで評価してもらう方向に舵を切る、という考え方も大切です。
商標はあくまで “名前とロゴを守る仕組み”。
そのうえで、
- 添付文書・学術情報の質
- 医療現場での信頼
- 長期使用データ
など、ブランドとしての総合力 を積み上げていくことが、
「ジェネリックがあっても選ばれ続ける」ための現実的な道になります。
まとめ:商標でできること・できないこと
Q. 商標登録すれば、ジェネリック医薬品で同じ名前を使われるのを防げますか?
- A. 販売名(ブランド名レベル)では、かなりの程度防げます。
- 先発品の販売名と同一・類似のブランド名を、ジェネリック側が使うことは、商標権侵害になり得ます。
- A. ただし、一般名(INN/JAN)ベースのジェネリック名まで完全にコントロールすることはできません。
- 一般名は、誰もが使える「成分の名前」として位置づけられているためです。
つまり、
- 商標は 「成分を独占する武器」ではなく、
- 「同じ成分の中で、先発ブランドの“名前と顔”を守るツール」
と捉えるのが正確です。
ジェネリック時代を前提にするなら、
- 特許で「成分・製法・用途」を守り
- 商標で「ブランド名・ロゴ・イメージ」を守る
という二段構えで考えるのが、
長期的に見て一番堅実な戦略だと思います。
